4月7日の自民党法務部会と司法制度調査会の合同会議、赤のジャケットを着て立ち上がった自民党の稲田朋美元政調会長が激怒してこう訴えた。「退室するまでに私、ひとこと言わせてもらいたいんですよ。マスコミが出た後で議論した時に、1ミリも私たちのいうこと聞かないじゃないですか。なぜ抗告の議論を打ち切って証拠開示にいくんですか。ほとんどすべてが抗告禁止じゃないですか」。「稲田の乱」の始まりだった。
合同会議で議論されているのは再審制度の見直しを実現するための刑事訴訟法改正案。政府提出法案のうちの「重要広範議案」に指定されており、国会質疑では高市首相が答弁に立つ。しかし肝心の高市氏は……。
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自民党の中では、数々の再審事件で壁となってきた検察官の「抗告」をどうするかで意見が分かれている。稲田氏らは「抗告禁止」を主張、一方法相経験者をはじめとする検察擁護派は、抗告の道を残したいという考えだ。しかし、法務省や検察の言い分が、冤罪被害者とその身内の苦しみを無視したものであることは明らかだ。
2024年9月に死刑判決を受けながら再審で無罪になった袴田巌さんのケースは冤罪事件の象徴だ。西山美香さんは、2004年に殺人容疑で立件されて懲役12年となり、服役後に再審請求し、2020年に無罪判決を勝ち取った。25年7月には、殺人事件で有罪となっていた前川彰司さんが、再審で無罪。1984年12月に滋賀県で起こった殺人事件で逮捕され無期懲役となった阪原弘さんは服役中に死亡した。しかし、遺族が求めた再審請求が今年2月に認められ、再審公判では無罪判決が濃厚だ。冤罪から生還する「被害者」の例は後を絶たず、“表面化したのは氷山の一角”だという意見さえある。
背景にあるのは、警察、検察のデタラメな取り調べと立証。それに疑いを持たずに「有罪」とする裁判所の無責任な姿勢だ。刑事司法の世界ではずっと問題とされてきたが、前述のように判明した「冤罪」がこれだけ続き、さすがの自民党も重たい腰をあげた。刑事司法の仕組みを見直し、刑事訴訟法を改正しなければという機運が盛り上がったのだ。しかし、法務・検察の壁は厚い。
多くの場合、再審請求しても認められるケースは少なく、例外としてDNA鑑定をはじめとする科学鑑定などで誤認があった場合などが限定的に認められてきた。2010年3月に宇都宮地裁で再審無罪判決を勝ち取った菅家利和さんの場合は、殺人容疑で服役中の刑務所から極秘に毛髪を弁護士に送ってDNA鑑定。これが現場の遺留物とは一致しないことが明らかとなり、再審が認められている。菅家さんをはじめ関係者による懸命な努力がなければこじ開けられなかった再審の扉だ。
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今回の刑事訴訟改正における問題点は2つ。まず検察による「抗告」の禁止。次が検察の「証拠開示」の義務化と範囲拡大である。
再審請求が地裁で認められても、多くの事件で検察は「即時抗告」し、再度高裁での審理となる。高裁でも再審決定となれば、検察は「特別抗告」でさらに対抗。抗告があるたび、結論が出るまでの時間は数年単位で延びる。袴田事件の場合、2014年に静岡地裁が再審請求を認めたが、検察の即時抗告で再審公判は遅延。23年になってようやく再審公判が開かれることが確定し、無罪となったのは24年のことだった。
袴田事件では、誰が見ても明白な無罪の証拠があるにもかかわらず、検察の「抗告」により10年も冤罪救済が遅れた。冤罪は人権救済の極みであり、立法府である国会にも大きな責任がある。
だが、出てきた刑事訴訟法改正案は「検察に抗告の権限を残す」という内容。そのことへの怒りが冒頭の稲田発言となった。
自身の政治資金の事件で、服役した後に復活した鈴木宗男参議院議員も、その経験も踏まえて「袴田巌さんの事件、袴田ひで子さんが今回の再審法の改正、検察側がより権力を持つ、検察側がより優位になる。こういう法律ならば巌さんのあの58年間の戦いはなんだったのかと。検察の抗告、これを認めれば巌さんのように裁判が長くなる。なんのための改正なんだ! 血の叫びというか魂の叫びがあった」と自身のSNSで述べている。
閣僚経験のある自民党のある衆議院議員は、こう話す。
「自民党の部会で論議されていることで、これほど反対が強いものは珍しい。普段は、刑事司法に興味を持たない議員ばかりだが、それが今回は……。政治家をとっ捕まえることができるのは、実質的に検察だけ。『抗告を残せ』という検察を怒らせたくないという弱気な連中がいるのは事実だ。あえて問題の本質を見ないようにしてきたということ。ところが、稲田さんや鈴木さんの言ってることがジワジワと伝わりはじめ『これはまずい』と気づいた議員たちが、抗告や証拠開示に踏み込む改正を求めるようになった。私も冤罪をなくすためには抗告禁止や証拠開示が必要だと思います」
政府も検察の抗告の審理に時間制限を求めるなど折衷案を出そうとしているが、それでは根本的な問題が解決されない。もちろん、高い支持率を背景に独裁色を強める高市早苗首相の責任は重いが、彼女は再審法改正に関心がない。
「高市総理は法務行政にうとく、冤罪問題などに触れたこともない。だから刑事司法についてはまったく興味がない。自民党の議員たちもそれを知っているから、政府案通りでいいじゃないかという心理になる。『冤罪を防ぐための改正を!』と総理がひとこと発すれば、改正のポイントである抗告と証拠開示の問題は片付く。しかし、ご覧の通り高市首相はだんまり。検察に何か握られているんじゃないかと勘ぐりたくもなる」(前出の閣僚経験者)
裁判所が間違った判決で無実の人を刑務所に入れ、場合によっては死刑になることもある。究極の人権侵害だ。相次ぐ冤罪を前に何もしないというのは、国会の役割を放棄したに等しい。肝心の高市首相は4月10日、Xに《本日は、来日中のDeep Purpleの皆様とロングボトム駐日英国大使に官邸へお越しいただきました。Deep Purpleは、私の憧れのバンドです》と嬉しそうに写真までつけてポストした。能天気というしかない。この人には、冤罪被害者の苦しみと向き合う気持ちがないということだ。















