先月12日、自民党の党大会で演説した高市早苗首相は、「時は来ました。憲法改正に向け、国会においては結論のための議論を進めて参りましょう。改正の発議についてなんとか目途が立ったという状態で、来年の党大会を迎えたい」と発言、持論である憲法改正への決意を示した。しかし、国の最高法規を軽んじ、改憲を煽る言動は明らかに憲法違反。底の浅いパフォーマンスで国民を欺むいてきた高市だが、総理大臣としての資格を欠いている。
■改憲の目的は「戦争ができる国」
演説の中で、どのような「時」が来たのかについての具体的な説明はなかった。「憲法を変える時が来た」と言いたいのだろうが、これまでの高市の言動からは「戦争ができる国にする時が来た」と考えるのが妥当だ。高市が「時は来た」に続けたのは、「改正の発議について、なんとか目途が立ったと言える状態で来年の党大会を迎えたい」――つまり自分と自民党のための改憲論議だということになる。その視野の中に、国民はいない。
改憲主義者でありながら、高市は「日本国憲法」を熟読したことがないのか、あるいは戦争放棄を謳った9条にしか興味がないのかのどちらか。為政者の暴走が国を亡ぼす寸前にまで追い込んだのはわずか81年前のことだが、9条を変えて自衛隊を“軍隊”にしたい高市には、歴史を直視する気持などさらさらない。憲政史上初となった女性総理が胸中に抱いているのは、“戦争への憧れ”であり、自衛隊に戦闘指令を下す勇ましい自身の姿だろう。
内閣は先月21日、「防衛装備移転三原則」の改定を閣議決定。日本の防衛装備品輸出を「救難、輸送、警戒、監視、掃海」の五つに限定することで殺傷兵器の輸出を禁じてきた「5類型」を撤廃した。先人たちが営々として築きあげてきた「平和国家」の理念を崩し、死の商人となることを宣言したも同然の暴挙である。
紛争当事国への武器輸出を禁じた「武器輸出三原則」を撤廃して要件を緩和し、新たに「防衛装備移転三原則」を決めたのは亡くなった安倍晋三元首相だ。さすがに殺傷兵器の輸出までは認めなかったが、高市は崇拝する安倍氏の政治方針を軽々と超えてみせた。彼女の思い描く平和は、武力=軍隊と武器を売ったカネに依存するもの。トランプ大統領や安倍氏などの権力者に媚びるのは、「力」に頼るしかない性(さが)の裏返しだ。
高市は「戦争だ」「戦え」と叫ぶだけで満足だろうが、死地に赴くのは私たちの国の若者だ。敵が日本国内を攻撃するような事態になれば、一般国民の命や財産も奪われる。
一方、権力者が戦場に出ていくことはないし、危険からも守られる。その権力者=政治家たちが、「憲法を変えて、戦争のできる国にしなければならない」と主張しているのだから、これほど無責任なことはあるまい。
■高市以下、改憲派の国会議員は憲法99条違反
「自主憲法制定」は自民党の党是だが、歴代の総裁が無理やりそれを実行しようとしたことはない。というより、“やってはいけない”と自覚していたのではないか。つまり、憲法99条の規定を認識していたということだ。
《天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ》(99条)――国家権力を有する者は、憲法を尊重し、擁護する義務を負っている。現行憲法の下で政治家になった者なら、この条文の意味するところをしっかりと踏まえた上で活動すべきである。しかし、高市にとって究極の政治目標は改憲。それも9条に規定された「戦争の放棄」と「戦力の不保持」を削除し、自衛隊を軍隊=国防軍として明記することだ。
99条は、憲法擁護を義務付ける対象を国会議員、裁判官、公務員に限っており、「国民」は除外されている。もちろん国民も憲法を守らなければならないが、“擁護する義務”まで負わされてはいない。これは、憲法が国民ではなく権力の暴走や濫用を防ぐためにあるからに他ならない。子供でもわかる理屈だ。
総理大臣たる高市が憲法改正を声高に叫び、勝手に「時は来た」などと主張することは、国民の手本となるべく率先して尊重すべき最高法規を否定し、擁護義務にも背く行為と言えるだろう。高市は、“憲法とは何か”という基本的なことが理解できていない。
憲法が国民を守るための最高法規である以上、権力側には「憲法を変える」と言う資格などもともとない。改正に向かって進むことができるのは、国民の間から澎湃(ほうはい)として「憲法を改正すべきという声が上がった時」に限られるべきだ。ただし、憲法改正の発議権は国会にしかない。
改正原案は、衆議院100人以上、参議院50人以上の賛成により提起され、衆参両院の憲法審査会で審査されたのちに本会議で採決される。両院それぞれの本会議で総数の3分の2以上が賛成すれば可決して国会が憲法改正の発議を行い、国民投票へと進む流れとなる。原案提示、発議、国民投票といくつものハードルが待ち受けているが、自民党が衆議院で3分の2(310議席)を超える316議席を有する現在、制度的に憲法改正の発議を止められるのは参議院だけとなる。
参議院の3分の2は166議席。自民101に改憲勢力である日本維新の会の19、国民民主党の25、参政党の15を足しても160議席にしかならず、いまのままなら発議は不可能だ。保守党の2、チームみらいの2を加えても3分の2には届かない。そこで前述した党大会での高市発言「改正の発議についてなんとか目途が立ったという状態で、来年の党大会を迎えたい」となる。来年の参院選で大勝し、改憲勢力で3分の2以上を目指す考えなのだ。その場合、参院選の争点は「改憲」となるが、国民がそんなことを望んでいるとは思えない。
そもそも、現状は憲法改正どころではない。物価高に喘いできた国民の暮らしは、狂人トランプが起こした戦争の影響を受けて苦しくなる一方。そうした中、政治に求められているのは国民生活の安定であり、憲法改正ではあるまい。
思い出すのは、2014年に行われた沖縄県知事選の応援に駆け付けた名俳優・菅原文太さんのこと。マイクの前に立った文太さんは「政治の役割は二つあります。一つは、国民を飢えさせないこと。安全な食べ物を食べさせること。もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと!」と訴えた。高市に聞かせたい名演説だった。
党大会で「時は来た」と格好つけた高市は、「どのような国を作り上げたいのか、理想の姿を物語るものが憲法です」「理想の日本国を文字にして、歴史という書物の新たなページに刻もう。そのページをめくるべきかどうか、国民に堂々と問おうではありませんか」と述べた。
国民が望むのは「平和国家」であって「戦争ができる国」ではない。憲法99条の違反者が、憲法改正を叫ぶのは滑稽に過ぎよう。
(中願寺純則)















