「戻っていなければこんなことにならなかったのに……」と涙を浮かべながら話す男性Aさん。7月28日午後4時27分、最大震度7という地震が熊本を襲った。それから1時間を少し過ぎた頃、九州地方ではトップクラスの売り場面積を誇るイオンモール熊本(熊本県嘉島町)で大爆発が起きた。

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当時、現場近くにいたというイオンモールで働く男性Aさんが次のように振り返る。
「ドッカーンというすさまじい音。地響きがして思わずしゃがみ込んで頭を押さえました。外に出ると真っ白い煙と粉塵に覆い尽くされていました。地震に乗じて、ミサイルがどっかから飛んできたのかと思ったほどすごかった。現場に行くと、顔見知りの人がいて頭が真っ白。何があったかと聞くと『爆発したんだ』と言い、茫然と立ち尽くしていました。私も震えがとまらなかった」
イオン側は記者会見で「地震があって30分ほどで、お客様や従業員など全員の避難が完了したという認識」「地震のマニュアルでは、店に戻ってはいけないとなっている」と語っている。しかし、『現場は違った』とイオンモール熊本で働いていた複数の人が話す。
イオンモール熊本では、車通勤のスタッフが多い。店舗とは別に、徒歩数分のところに通勤者専用の駐車場もある。そのため、店舗に車のカギを置いてきたというスタッフがかなりいたという。また、大きな揺れだったので家族に安否を伝えるため、スマートフォンを取りに戻りたいという人もいた。別の関係者の話はこうだ。
「車で30分かかるところから通っています。歩いて帰るなんてまず無理。避難して、揺れが収まって30分ほどした5時20分くらいでした。イオンの人に『カギ取りに行っていいですか』と聞くと『気を付けて行ってください』と言われたので、カギを取りにいったんです。複数で行くのもどうかと思い、同僚の分も私がピックアップしました。店がめちゃくちゃになっていたので後始末をとも思いましたが、余震があるといけないのですぐに外に出ました」
イオンモールで働いているという別の女性にも話が聞けた。
「すごい揺れで、キャーとか悲鳴も聞こえた。とにかく身の安全をと店の陳列台の下に頭を入れて、収まるのを待った。たぶん1分以上左右に揺れていたのではないか。とにかく外に出ろということで避難しました。けど、スマートフォンがないことがわかり、家族も心配するのではと思った。地震から1時間ほどして、モールに戻っていく人を見た。そこで、イオンの関係者と思われる方に“戻っていいか”と聞くと、『揺れも収まったようなのでちょっとくらいなら』と言われたので、スマートフォンの入ったカバンを取りに行った。カバンを取って店内を見ると商品が散乱している。明日からの営業を考えて、少しは商品を片付けようと思った。けど、また地震がきたらと思い、断念して1階の出口に向かった。出る直前、“ガス臭いな”と思い、急ぎ足で駐車場に出た。それから10分ほどして爆発。もし商品の片づけをしていたらと思うと、背筋が寒くなる」
店舗に戻った人は「イオンの人」と見られる人物に許可を得ていたというのだ。亡くなった7人も同様に、「イオンの人」から許可を得ていたことは十分あり得る。イオン側の説明とはかなり相違がある。
死亡したコスメ店「ハビタ」(本社・熊本市)の従業員2人は、会社から「売上金を金庫に保管するように」と指示され、モールに戻って事故に遭っている。「許可があれば」「もし戻れるなら」などと、遺族には違った説明をしていたという。亡くなった大竹玖瑠美さんの遺族は「娘は帰ってきません」「戻るなと言ってほしかったです」と憤りを口にしていた。
冒頭のAさんは、妻を亡くしたことが判明した。アパレル関連の店で仕事をしていたそうで、「(妻は)もう10年くらいイオンモール熊本で働いていました。地震直後は電話がつながり『避難したよ』というので安心していたんです。そして、6時半くらいにイオンモール熊本が爆発というニュースを知り、妻に電話したがまったくつながらない。LINEも既読にならず、心配でたまらなくなって現場まで何度も行きました」と教えてくれた。
イオン側は「ガス爆発」の可能性が強いことを認めている。ガスのにおいを自覚していたという前出の女性は、まさに間一髪のところで助かったことになる。
阪神大震災、東日本大震災、そして2016年の熊本地震でも大規模なガス爆発で死傷者が出たことはなかった。爆発したのは福島第一原発くらいだ。爆発の原因究明は当然として、警備体制や安全管理に問題はなかったのか、徹底した検証が必要となる。
















