ハンターから業者選定プロポーザルの疑惑を追及された兵庫県芦屋市が、口頭での取材や開示情報に関するやり取りを拒否して1か月半(既報)、同市はいまだに取材制限の方針を変えようとしていない。他の自治体ではあり得ない異常な判断を下したのは、髙島崚輔市長である。

■市長決裁で事実上の取材拒否
髙島氏は、2023年の市長選で史上最年少となる26歳で初当選した注目の人物。彼が選挙時から市政運営のキーワードとしてきたのは「対話」の一語だが、その重要性を主張しながら報道との対話を拒むという矛盾する対応となっている。(*下は髙島氏のSAS投稿。赤いアンダーラインはハンター編集部)

新進気鋭の政治家である髙島市長が、本当に事実上の取材拒否を決裁したのか――。確認のため、芦屋に方針決裁時の文書を開示請求したところ、下の文書が送られてきた。

記事冒頭の「取材対応方法について」という文書は、確かに市長決裁によるもの。しかし、それは髙島市長の言行不一致を意味する決断だ。まず、初当選後にネット上で述べられた市長の「ご挨拶」を見てみたい。(*以下、画像の中の赤いアンダーラインはハンター編集部)
市政運営で大事にしたいのは「対話」です。
市民の皆さまとの対話。市役所の職員の皆さまとの対話。それから、研究者の方、民間企業の方との対話。

対話が大事だと強調しながら、都合が悪い話についての口頭取材は拒否し、市職員との面談まで拒むというのは明らかな公約違反だろう。取材だけでなく開示文書についての質疑まで「文書でやれ」というのだから呆れるしかない(*下のFAX文書参照)。

説明責任の放棄も明らか。市長がいう「対話」は、自分たちにとってプラスになる相手に限られるということだ。
灘高、東大、ハーバードと高学歴を誇る髙島氏の公約とも言える「まちづくりの政策提案集」(⇒こちら)を見返してみたが、もともとその分野に興味がないのか「情報公開」という言葉は1回も出てこない。説明責任を果たすための「対話」は必要ないと思っているのだろうか?
■自らが批判した「場当たり的な対応」ばかりだが・・・
市長が自身のサイトで述べている内容と、現実の市の対応には相当のずれがある。下に示したのは、選挙前と思われる時期に記されたとみられる髙島氏の一文。きれいごとが並んでいる。

市長は、「(芦屋市が)場当たり的な対応を繰り返してきました」とした上で、こう続ける。
「このままでは大好きな芦屋の魅力は失われ、近い将来、どこにでもある都市へと衰退してしまう。そう気づいてしまったとき、無謀と言われようとも、自分がやるしかない。市民のみなさんと市役所の真ん中に立って、芦屋の魅力を最大限に引き出していくリーダーになるんだと、強く決意しました」。
“市長として強く決意した”というが、現在の芦屋市は場当たり的な対応しかできていない。ハンターが情報公開請求で引っ張り出したのは、業者との裁判でも市議会議員への情報提供でも隠された形になっていたプロポーザルの「2次評価シート」と「手書きの個票」。それによって不正が疑われる採点過程が明らかとなり、他にも次々と疑問点が浮上した。理由や事の詳細を尋ねても、市は合理的な説明ができず、新事実が判明する度につまらない言い訳を繰り返すという悪循環。お粗末と言うしかない。
髙島氏の市長就任から3年、芦屋市は「場当たり的な対応を繰り返す」だけでなく、隠蔽姿勢を露わにする有様だ。その象徴的な出来事が、追い込まれた挙句、口頭での取材を拒否するという他の自治体ではあり得ない愚かな対応である。こうした芦屋市の姿勢について、厳しく批判した市民オンブズマン福岡・児嶋研二代表幹事のコメントを再掲しておく。
「ハンターの記事は、芦屋市への情報公開請求で入手した公文書を精査し、取材結果を加味した上での論評だ。気に入らないから口頭でのやり取りを拒否するというのは、あまりに幼稚。説明責任を果たすつもりがないと言っているに等しい。記事中に添付された開示文書を見る限り、疑念を持たれてもおかしくないプロポーザルの進め方があったことは明らか。誤解を与えかねない記事の内容や表現があったとすれば、口頭取材お断りの文書を出す前にハンターと誠実に向き合い、間違いがあれば抗議するなり、訂正を求めるのが先だろう。口頭での取材を拒むということは、“物言えば唇寒し”の状態になったからではないのか。そもそも、情報公開は市民の知る権利に応えるための制度であり、その運用にあたって行政機関が口頭はダメだとか文書にしろだとか注文を付けること自体間違いだ。芦屋市は、報道機関の記者の後ろに、多くの市民の目があることを理解していない。こうした形での批判潰しを、決して容認してはいけない」
取材拒否は「逃げ」という弥縫策。「対話」を重視するという髙島市長の方針転換に期待したい。
(中願寺純則)















