今月9日に投開票された和歌山市長選は、自民党から2人が出馬するなど計6人が乱立する選挙戦となった。勝ち抜いたのは県議だった尾崎太郎氏。「和歌山市を元気に」と当選の挨拶をする尾崎氏の後ろには、県連会長でもある石田真敏元総務相、山本大地衆議院議員、二階俊博元幹事長らの「為書き」が並んでいた。しかし尾崎氏勝利の最大の功労者は、無所属の世耕弘成衆議院議員だった。その世耕氏だが、確実視されていた「復党」が見送られ、先が見えない状況となっている。
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尾崎氏を支援していた和歌山市議のA氏がこう話す。
「今回の和歌山市長選も世耕VS二階の構図。世耕さんは尾崎氏を応援し、二階さんは市議だった浜田真輔氏側についた。選挙戦初日に尾崎氏の事務所に行くと、世耕さんの為書きが貼られていたことでもわかる。しかし、6人も乱立したことで一定の得票がとれない場合の『再選挙説』まで浮上。それを避けたい自民党は尾崎氏に票を集めた」
背景にあったのが、8月6日の自民党党紀委員会。復党を願い出ていた世耕氏だったが、結論が先送りとなったのだ。旧安倍派の裏金問題で2024年4月に離党勧告処分を受けた世耕氏は無所属で同年10月の衆議院選挙に出馬。二階氏の三男である伸康氏を下した。25年の参議院選挙では世耕氏が望月良男氏を“刺客”に立て、伸康氏を返り討ちにしている。
今年2月の衆議院選挙で、自民党は候補を立てることができず世耕氏が圧勝。一連の流れから復党は時間の問題とみられていた。そのあたりからの経緯を、自民党のある閣僚経験者が打ち明ける。
「党紀委員会が開かれるというので世耕さんの復党は間違いないと思っていた。なぜなら、結論がウラで決まっていて、総裁、幹事長ら幹部全員が了承、党紀委員会では『承認』というのがこれまでの自民党だった。しかし、党紀委員会の数日前から『ダメそうだ』とウワサになり、『(党紀委員会の)開催をとりやめるべきでは』という話さえ出ていた。党紀委員会は全会一致が原則。つまり、反対があったということだが、表面化すると対立が激しくなるので先送りと言葉を変えただけ」
地元の和歌山では県連と世耕氏はすでに「手打ち」を済ませている。ハンターが入手した「確認書」によれば《党本部への報告日時を以て、世耕氏と自民党和歌山県連との和解が成ったものとする》、《世耕氏と自民党和歌山県連は、和歌山県発展のため、
自民党和歌山県連の諸活動と行動を一にして積極的に協力する》、《各級選挙における県連公認・推薦候補を、世耕氏ならびに同氏の事務所は全面的に支援する》などと記されていた。
それでも、復党がならなかった世耕氏。背景には、参議院自民党からの反発があったという。世耕氏は参議院議員時代、自民党の参院幹事長として君臨したが、旧安倍派の参議院会派「清風会」でも会長を務めた。その後衆議院に鞍替えしたが、今でも“威光”は健在だとされる。旧安倍派の参議院議員が次のように語る。
「世耕さんは強い人だが、例えば安倍晋三元首相など立場が上の人には弱く、平身低頭となる。半面、弱い人には強いという性格です。これは、世耕さんと接した多くの自民党の議員が感じていることです。それが裏目に出て復党ができない。今、自民党の参議院は石井準一幹事長が仕切っている。世耕氏が復党すると、参議院に口出ししてくることが十分に予想できます。そうすると石井幹事長のドンの座が脅かされる。8月6日の党紀委員会でも『時期尚早だ』と声をあげたのは石井さんに近い参議院議員でした。地元の世耕VS二階の対立はクリアしたが、今度は世耕VS石井という新たな対立構造が生まれてしまった。しばらくは復党できないでしょうね」
石破茂前首相には距離を置かれていた世耕氏だったが、高市早苗政権誕生後、地元の複数の支援者には「これで復党できる。話はついている。夏までには」などと語っていたという。つまり和歌山市長選で影響力を駆使することを見据えての発言だったとみられる。前出の閣僚経験者がこう解説する。
「参議院ではまだ自民党は少数与党。7月24日の参議院本会議での副首都関連法案は可決したものの、賛成123票、反対121票のわずか2票差。厳しい現実を見せつけられた高市首相は、参議院を牛耳る石井幹事長の力に配慮せざるを得ない状況だ。世耕さんがこの時期に復党を切望していたのは、9月に予想される党役員人事と内閣改造を見据えてのことだったでしょう。簡単にいえば、そこに入りたい。だから周囲に見抜かれ、党紀委員会がまとまらなくなった」
おとなしくしていれば、高市首相の「鶴の一声」で決まるはずの復党。次の党紀委員会の予定はまったく決まっていないらしく、世耕氏にとっては憂鬱な夏が続きそうだ。















