今年7月の田川市長選挙で初当選した福岡県田川市の浦野仁市長が、昨年行われた参議院選挙の際に毎日新聞が行った候補者アンケートで、「核兵器を保有すべき」と答えていたことが分かった。若い新市長は核武装論者なのか?――浦野氏に確認を求めた。
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下に、昨年毎日新聞が行った参院選の候補者アンケートに対する浦野市長の回答を示す。浦野氏は石丸伸二元安芸高田市市長が立ち上げた政治団体「再生の道」の比例代表候補として立候補していた。

憲法改正に「賛成」、9条への「軍隊」明記、「緊急事態条項」に賛成と右寄りの答えを続けた後、《日本の核保有・核共有について、あなたの考えが最も近いのはどれですか》という問いに対しては「日本は核兵器を保有すべきだ」を選んでいる。結論から述べるが、筆者は到底賛同できない。ハンターは今月8日、以下の内容で質問書を郵送していた。
・貴殿は、昨年7月20日執行の参議院議員選挙にともなって実施された毎日新聞のアンケートで、“日本の核保有・核共有について、あなたの考えに最も近いのはどれですか” という問いに対し、「日本は核兵器を保有すべきだ」と回答しています。現在もその考えに変わりがないか貴殿の思うところをお示し下さい。
これに対する浦野市長の回答が下。丁寧に答えていただいたことには感謝するが、内容は陳腐と言わざるを得ない。

まず、《当該アンケートは選択+肢形式(原文ママ)であり、私の考えを完全に反映できる選択肢はありませんでした。そのため、真意が正確に伝わっていない可能性があると考え、この機会にご説明させていただきます。》について。「選択式だから真意が伝わっていない」とのことなので、その選択肢がどのようなものだったのか、毎日新聞の紙面を確認した(*赤い囲みはハンター編集部)。

“日本の核保有・核共有について、あなたの考えに最も近いのはどれですか” という問いに対する選択肢は『1 日本は核兵器を保有すべきだ』『2 日本は核兵器を保有すべきでないが、核共有は検討すべきだ』『3 日本は核保有も核共有もすべきではない』の三つだった。
まず、「核共有」はアメリカの核兵器を日本に配備してもらい、有事の際に自衛隊と米軍が共同運用する体制のこと。日本が、非核三原則(持たず・作らず・持ち込ませず)を堅持している以上、認められない話だ。
一方、自前の核武装を意味する「核兵器の保有」は、「持ち込ませず」をすっ飛ばして自国で核兵器を確保するということ。非核三原則すべてを否定する考え方である。浦野市長もそのあたりは理解しているようで《そもそも私たちの日本国は非核三原則を掲げており、私自身、この世界中から同時に核を含む全ての兵器の根絶・廃絶が叶うことを心から願っています。あらゆる争いのない世界を望む気持ちに、いささかの変わりもありません。》と記す。しかし、そこから先の主張は底が浅いと言わざるを得ない。
《ウクライナや他国をめぐる現状が示すとおり、現実の国際社会には核保有国が存在し、非核国がその脅威にさらされうる状況があります》は、間違いではあるまい。だが、続く《核の根絶という理想を追求しながらも、当面は「相互確証破壊」の考え方に基づく抑止力によって侵攻を防ぐという選択肢を排除すべきではない、というのが私の立場です。》は、かなり幼稚。どういう勉強をされたのか分からないが「相互確証破壊」はまずかった。
「相互確証破壊(MAD:Mutually Assured Destruction)」は冷戦時代の遺物だ。アメリカとソビエトが対峙した1960年代に成立した概念で、相手から大規模な核攻撃を受けた場合、攻撃を受けた側も敵国を確実に破壊できるだけの核兵器を保有して対抗するという考え方。「目には目を、核には核を」という「恐怖の均衡」の上に成り立っている。しかし相互確証破壊は、超音速ミサイルや電子戦におけるサイバー攻撃、生成AIの発達などにより通用しなくなった時代遅れの核抑止論。市長がこれを持ち出してきたことで、安全保障についての底の浅さを露呈した形だ。
浦野市長はこの非現実的な抑止論をもって、《私が「核保有すべき」と回答した趣旨は、攻撃のための保有ではなく、あくまで日本を守るための抑止力としての保有を意味しています》と主張する。だが、ここまで述べてきたように「相互確証破壊」は、お互いの国が壊滅することを前提とした概念。先制攻撃された場合、「日本を守る」ことなどできない。「抑止」できない以上、机上の空論と言っても過言ではあるまい。
《もとより、いかなる理由があっても、核保有には反対だというお考えの方が数多くいらっしゃることも承知しています。そうしたお考えを否定するつもりは一切ありません。異なる多様な立場の意見が交わされながら政治が前に進んでいく、それこそが民主主義の姿だと考えています。そのプロセスの先に、世界中の人々が安心して暮らせる平和な社会が少しずつ実現していくことを願っており、私自身もその実現の一助となれるよう、市長としての職責を全うしてまいる所存です》ときれいにまとめられているが、相互確証破壊が前提なら、核戦争への恐怖の中から「安心して暮らせる平和な社会」が構築できるわけがない。
日本は唯一の被爆国だ。今月6日に開かれた広島原爆死没者慰霊式・平和祈念式や長崎の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典でも核兵器廃絶が叫ばれたばかり。「人類と核兵器は共存できない」「核兵器は必要悪ではなく絶対悪」――そうした主張に反する浦野氏の考え方は、被爆者やその遺族はもちろん、核廃絶に取り組んできたすべての人たちの努力をあざ笑うものでしかない。
浦野市長は、長崎の原爆資料館や広島平和記念資料館を訪ねたり、被爆者の話を聞いたりしたことがあるのだろうか? そうした経験がある政治家なら、迷うことなく「日本は核保有も核共有もすべきではない」という選択肢を選ぶべきだろう。なにより、田川市は1983年(昭和58年)9月に「非核平和都市宣言」を議会決議している自治体。相互確証破壊に基づく核武装論とは相容れない。若い市長の衣の下には鎧ならぬ核兵器――残念だ。















