イスラム世界は2月中旬からラマダン(断食月)に入った。敬虔なイスラム教徒はこの間、日の出から日没まで飲食を断つ。食べ物と水のありがたさをかみしめ、飢える者への共感をはぐくむため、とされる。ラマダンが明ける日(今年は3月20日)には、親族や知人と一緒に食事をして盛大に祝う。欧米のクリスマスや日本の正月の祝いに似ている。
その最中、2月28日にアメリカとイスラエルはイランに侵攻し、空からの攻撃で最高指導者のハメネイ師ら政府要人を殺害、ミサイル基地などの軍事拠点を破壊した。日本がかつて、クリスマスを控えて警戒が緩む12月上旬に真珠湾を攻撃して対米英戦争に踏み切ったのと同様、軍事的にもっとも有利と思われる時期に戦争を始めた、ということだろう。
軍事的には合理的な判断なのかもしれない。だが、ラマダンという「聖なる月」に攻撃を加え、宗教指導者を殺害したことは、イスラム世界全体にどのようなインパクトを与えるか。米軍に基地を提供しているサウジアラビアなどの湾岸諸国はともかく、イスラム教徒の多くは決して快く思わないだろう。今回の侵攻は「イスラム共同体への挑戦」という意味合いを持ち、戦争が長引けば、それは様々な形で現れてくるに違いない。
ハメネイ師殺害について、トランプ大統領は「歴史上もっとも邪悪な人間の一人であるハメネイは死んだ」とSNSに投稿して発表した。イラン国民に対しては「自らの国を取り戻す好機だ」と、体制の転覆を呼びかけた。こうしたことをSNSで明らかにする、その軽さにあきれる。公けの場で、自らの言葉で「攻撃の理由と意図」をなぜきちんと語ろうとしないのか、理解に苦しむ。
今回のイラン侵攻を主導したのがイスラエルであることは疑いようがない。イスラエルがイラン国内に持つ諜報網はアメリカの諜報網よりはるかに強力で精密、と軍事専門家は見ている。アメリカが協力したにせよ、攻撃対象の選択からタイミングまで、決定的な役割を果たしたのはイスラエルだろう。実際、ハメネイ師の死亡を確認して先に発表したのはイスラエルであり、アメリカはそれを追認したにすぎない。
イスラエルは1948年の建国以来、「戦争に敗れれば国家が消滅する」という極度の緊張の中で存続してきた。エジプトの攻撃を撥(は)ね返し、シリアを北に追いやり、パレスチナ人の抵抗を力で抑えつけてきた。いまやイスラエルの存続を脅かす恐れがあるのはイランだけであり、そのイランの核保有を許すわけにはいかない、という状況にある。反政府デモが激しくなり、イスラム革命の理念が揺らぐ今こそ、イランという「最後まで残った脅威」を取り除く好機、と捉えたのだろう。
アメリカは、イラクのクウェート侵攻をきっかけとする1991年の湾岸戦争、2001年の9・11テロ後のアフガニスタン戦争、大量破壊兵器の開発を口実とする2003年のイラク戦争と、中東に軍を派遣してきたが、戦後処理の失敗に懲(こ)りて、その後は大規模な派兵をしてこなかった。トランプ政権も「中東への武力介入」には消極的、と言われていた。
なのになぜ、今回、イスラエルに協力してイランに攻め込むことを決めたのか。今年1月のベネズエラ侵攻の成功に気をよくして、トランプ政権の面々は「中東の石油利権も手にしたい」とでも考えたのかもしれない。「何事もディール(取引)」と考えるのがトランプ流であり、戦争がもたらすものへの想像力が欠如している、としか思えない。
米紙ニューヨーク・タイムズの取材に答えて、トランプ大統領は「イランへの攻撃は4、5週間続く」と述べたという。もとより、彼の発言は軽くていいかげんだ。まるで当てにならない。人口9000万人のイランの底力は、ベネズエラの比ではない。追い詰められ、国家存亡の危機に立たされれば、死に物狂いの反撃に出るだろう。
現に、ホルムズ海峡を封鎖し、ドバイをはじめとする国際空港を攻撃して湾岸の空域閉鎖という事態を引き起こしている。原油価格は急騰し、中東経由の人の流れも止まった。世界経済に深刻な影響を与えつつある。湾岸以外の地域にある、民間施設など「ソフト・ターゲット」への攻撃もあり得る。大きな戦争になればなるほど、事態は予想もしない方向に進んでいく。
今回の戦争について「国連憲章は、自衛権の行使もしくは安保理決議に基づく場合以外には武力行使を認めていない。国際法違反である」と非難する声がある。まともな意見だが、説得力はない。前回のコラム「激しい逆流、新しい戦争への道」(末尾にURL)で指摘したように、トランプ大統領もイスラエルのネタニヤフ首相も、はなから国際法など気にしていないからだ。
第2次大戦後にできた国連憲章は効力を失い、国際法の秩序はすでに崩れ去ったのである。崩れ去ったものを振りかざして国際政治を語るのは非生産的である。今なすべきことは「戦争を早く終わらせ、被害を最小限にするためには何をなすべきか」を模索し、「この戦争の後、次の国際秩序をどのようなものにしていくか」を構想することだろう。
第1次大戦はセルビア民族主義者によるオーストリア皇太子夫妻の射殺事件で始まり、国際連盟(本部・ジュネーブ)の発足につながった。第2次大戦はヒトラーによるポーランド侵攻で始まり、国際連合(本部・ニューヨーク)を誕生させた。歴史家は将来、「次の大戦はイスラエルとアメリカによるイラン聖職者の爆殺で始まった」と記すことになるのではないか。
ならば、新しい国際機関はどのような理念で立ち上げ、その本部はどこに置くのか。ヨーロッパでもアメリカでもない地域、アジアに置いてはどうか。そうしたことも見据えて、冷徹な議論を始める時だろう。
長岡 昇(元朝日新聞論説委員)
長岡 昇(ながおか のぼる)
山形県の地域おこしNPO「ブナの森」代表。市民オンブズマン山形県会議会員。朝日新聞記者として30年余り、主にアジアを取材した。2009年に早期退職して山形に帰郷、民間人校長として働く。2013年から3年間、山形大学プロジェクト教授。1953年生まれ、山形県朝日町在住。
≪参照≫
『激しい逆流、新しい戦争への道』(2026年1月18日)(⇒こちら)

長岡 昇(ながおか のぼる)




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