疑惑まみれとなって県民の信頼を失った鹿児島県警の野川明輝本部長が、事件の隠ぺい指示を否定する度に持ち出すのが警察庁と県公安委員会の見解だ。都道府県警察を指揮・監督する警察庁は特別監察実施前に「隠ぺい指示はなかった」と断定、住民を代表して警察の管理を行うはずの県公安委員会は、6月21日に「本部長が隠蔽を指示したと判断する事実は認められない」とする文書を発表している。野川氏の強気は、その二つの追認機関が出した結論に依拠するものだ。しかし、警察庁や県公安員会の主張には、“公平・公正”が一切担保されていない。特に、警察の言い分を鵜呑みにする公安委員会の在り方には問題がある。
■「結論ありき」の警察庁特別監察
警察庁が鹿児島県警に対する「特別監察」を実施するとして首席監察官らを送り込んだのが6月24日。実は、これから監察を実施しようとするその時点で、「客観的に見て、本部長による隠蔽の指示はなかったことが明らか」という結論を出し、野川本部長を「長官訓戒」に付したしたことを公表していた。下が警察庁発出のコメントである。
令和6年6月24日
警 察 庁鹿児島県警察に対する監察の実施に関する警察庁コメント
鹿児島県警察の前生活安全部長が勾留理由開示の手続きの中で述べた、本部長が犯罪を隠蔽しようとしたとの主張については、鹿児島県警察による調査に加え、警察庁においても本部長から事実関係を聴取するなど必要な調査を行った結果、客観的に見て、本部長による隠蔽の指示はなかったことが明らかである一方で、迅速適確に行われなければならないという捜査の基本に欠けるところがあったことが判明したことから、先般、本部長を警察庁長官訓戒とするなど、必要な処分を行いました。
その上で、鹿児島県警察では、これまでに発生した一連の非違事案の原因を分析し、それを踏まえた、より抜本的かつ網羅的な再発防止対策を実施することとしているところでありますが、警察庁としても、これらの取組が確実に実施されることが、警察に対する信頼回復のために極めて重要であると考えております。
そこで、本日から、警察庁による業務監察を実施し、鹿児島県警察におけるこれらの取組をきめ細かく指導することとしております。鹿児島県警察におけるこれらの取組がスピード感を持ってしっかりと行われるよう、明日以降も、警察庁の担当者を常駐させ、引き続き、厳正な業務監察を実施してまいります。
警察庁は特別監察を実施する前に同氏を“シロ”と断定。隠ぺい指示はなく、一連の疑惑を北海道のジャーナリスト・小笠原淳氏に公益通報した本田尚志元生活安全部長の行為を、情報漏洩による国家公務員法違反と決めつけた。一体いつ、どのような調査を行ったのかについての説明はなく、一方的にキャリア仲間である野川氏の潔白を宣言したに過ぎない。こんなものを信用する国民は、ごく少数だろう。
■信用できない公安委員会
一方、県警を管理する県公安委員会は今年6月21日、警察庁の動きに呼応するように「本部長が隠蔽を指示したと判断する事実は認められない」とのコメントを発表(*下、参照)。 今月19日の県議会では、石窪公安委員長が、県警の本部長や警務部長から合わせて11回、報告を受けたと答弁した。警官不祥事による被害者側への聴取は未実施。つまり県公安委員会は、県警の報告だけを基に結論を出したということになる。疑惑を持たれた組織が、真実を語るわけがない。こんな調査結果を誰が信じるのか?
そもそも、県警の不祥事を調べるにあたって、公安委員会が厳しい姿勢で臨めるとは思えない。鹿児島県の公安委員は弁護士、医師、消費生活アドバイザーの3人だが、弁護士会や医師会などの団体に委員の推薦を要請するのは県警なのだ。管理する側が、管理される側の要請に従って委員を送り出した時点で、すでに公平・公正ではなくなっている。
その県公安委員会のサイトには、委員会の役割についてこう謳っている。
公安委員会は、警察の民主的管理と政治的中立性の確保を図るために設けられたもので、県民の良識を代表して、警察の仕事に県民の考えを反映させるという役割をもっています。
残念ながら、鹿児島県公安委員会は《県民の良識を代表して、警察の仕事に県民の考えを反映させる》という働きをしていない。現在、野川明輝本部長の隠ぺい疑惑を受けて、県民の大多数は県議会に百条委員会を設置することを求めている状況だ。これは、「隠ぺい指示はなかった」とする警察庁や公安委員会の見解を信用していない証左といえるだろう。
警察庁はキャリア仲間の擁護と組織防衛を最優先させ、疑惑に蓋をしただけのこと。県警の身内ともいえる立場の公安委員会には、初めから警察組織の闇を暴くつもりなどないし、あったとしても追及できるだけの手足を持ち合わせていない。公安委員会に警察の不当行為を指弾する能力がないことは、県警が証拠隠滅まで犯して事実上のもみ消しを行った事件に関する発出文書を見れば分かることだ。
度々報じてきた通り、クリーニング店に勤務していた20代の女性に対する霧島署巡査部長によるストーカー事件では、同署が被害相談初日の「苦情・相談等事案処理票」のデータを削除し、動かぬ証拠となるはずの防犯カメラ映像まで消去していたことが判明している。いずれも、本田尚志前生活安全部長の内部通報が発端となって表面化したものだが、県公安委員会は昨年6月、県警の動きに不信を抱いた被害女性の苦情申し立てに対し、次の「苦情処理結果通知書」をもって事件性を否定する見解を示していた。
被害女性が、霧島署巡査部長によるストーカー行為を霧島署に訴えたのは昨年2月20日。前日の19日に巡査部長が女性に名刺を受け取るよう強要し、個人情報を聞き出すなどしていた。それ以前に付きまといに気付いていた女性にとって、恐怖以外の何ものでもなく、たまたま客として訪れた別の現職警部補に相談。アドバイスを受けて被害相談に及んだという経緯だった。
別の署の現職警部補は23日に当該巡査部長がクリーニング店のある商業施設の敷地に入ってくる場面を現認したため、その旨を同署に報告していたが、県警は後日「防犯カメラ映像には映っていなかった」と回答し、目撃証言を否定していた。県公安委員会による上掲の文書は、具体的な捜査状況――<ストーカー対策を担当する同署生活安全課において防犯カメラ映像などの関係資料を精査しましたが、2月20日から少なくとも3月3日までの間、当該署員が、勤務先及びその直近の接近した客観的な証拠は認められませんでした>――にまで踏み込んで、犯罪行為がなかったと結論付けている。県警の主張を頭から信用したことによって、もみ消しに協力したようなものだ。
県公安委員会の文書にある「2月20日から少なくとも3月3日までの間」という記述には、明らかに作為がある。7月19日の県議会総務警察委員会で県警本部人身安全・少年課の課長は、「映像を入手し、被疑者である警察官の車両が写り込んだ箇所は静止画で保存した。それ以外の部分は不要だから消してしまった」と答弁。さらに、西日本新聞の取材などから、“静止画で保存した”という“被疑者である警察官の車両が写り込んだ箇所”というのが、『2月18、19両日』の画像であることが明らかとなっている。「当初の目撃情報が25日だったので23日の分を消した」などとふざけた言い逃れに終始しているが、そんな子供だましを信じるのは、今議会での百条委員会の設置に反対している自民党と公明党の県会議員ぐらいだろう。
・公安委員会は、なぜ「2月20日から少なくとも3月3日までの間」と記載したのか。
・2月18、19日の両日に巡査部長の車両が写り込んでいたことを、なぜ記載しなかったのか?
この2点について、県公安委員会は被害女性に説明する責任があるはずだ。公安委員会が「警察の民主的管理と政治的中立性の確保を図るために設けられたもので、県民の良識を代表して、警察の仕事に県民の考えを反映させるという役割」を有しているというのなら、当然だろう。どっちを向いて活動しているのか――ということだ。
警察庁も公安委員会も信用できない。だからこその「百条委員会」ではないのだろうか。
<中願寺純則>