
3月8日に投開票された石川県知事選で、2期目を目指していた現職の馳浩氏が、元金沢市長の山野之義氏に6,000票あまりの差をつけられ敗れるという波乱が起きた。ある閣僚経験者は「人気の高市総理が馳氏の応援に入ったことで勝てると確信していた。情勢調査の数字も上向いていた。それが……」と肩を落とす。
馳氏がバトンを受けた谷本正憲元知事は7期、その前の中西陽一氏は8期と「多選が当たり前の風土」と囁かれてきた石川県。山野氏は県都である金沢の市長を3期経験しているとはいえ、前回の知事選では落選。今回も馳氏の「再選」が有力視されていた。それが勝てなかったのは何故か?
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山野氏は当選直後の会見で「ボランティアにたくさん来てもらい、そのおかげで勝てた」と草の根選挙への感謝を口にした。組織には頼らなかったということだ。
一方の馳陣営は、高市人気に乗っかり「カネとヒト」も大量に投入したが、その選挙手法が裏目に出た格好だ。
馳氏の陣営に入った選挙プランナーM氏は永田町でもその名を知らぬ人がいないほどの有名人。告示前から、馳氏と高市首相との「二人三脚」を強調するチラシを大量に配布し、地元紙に見開き2ページの広告を打った上でネット広告も積極的に出すという物量作戦を展開した。
戦前は接戦とみられていたが、一連の戦術が功を奏したのか、地元では「馳氏が優勢」という評価に。2月28日、そこへやってきた高市首相が馳氏とのツーショットをアピールし、「どの国会議員でもこき使えるこういう知事を失っちゃいかんのです」「馳浩を勝たせて、もっともっとこきつかってやって下さい」などと上から目線で支援を呼びかけた。それでも勝てなかった馳氏。前出の閣僚経験者がこう話す。
「高市総理の演説会場は人であふれかえった。その様子を聞いて、馳さんの勝利は確実だと思った。さらに自民党としては、『高市台風』の勢いを続けさせるために多額のカネと大勢のヒトを投入。かつて馳さんが所属していた旧安倍派も派閥をあげてサポートしていた。だが、現実に目が向いていなかったんだろう」
2024年1月の能登半島地震、同年9月の豪雨と2度の大災害に遭った石川県。復興こそが県政最大の課題だった。しかし馳氏は、地震発生の1月1日当日、東京で正月を過ごしており、地元に帰れず批判を浴びた。
その後の対応も後手を踏み、今も水道が復旧せずトイレカーの世話になっている被災地がある。崩落した道路や崖があちこちにあり、通行止めになっている場所も少なくないことが能登へ行けばすぐわかる。次は被災地に住む住民の話。
「馳知事はプロレス出身なので勢いだけはいいが、実際に能登に住んでみろと言いたい。まだまだ、まともに住める状態ではないところが多く、金沢市など他の地域で“みなし仮設”での生活を強いられている人もいる。馳さんの震災対応はまったくダメだった」
今回の知事選で山野氏が制したのは都市部の3市のみ。他の地域では県内19市町で16勝3敗と馳氏が圧倒した。しかし45万人と最大の人口を擁する金沢市で山野氏が馳氏に3万票以上の差をつけたことで逆転となった。
落選した馳氏は、衆議院石川1区から7度当選し文科相などを歴任。対する山野氏は金沢市長3期のキャリアがあるものの知名度は馳氏がはるかに上だった。
選挙戦最終日、馳氏の「マイク納め」には人気プロレスラーも駆け付けて、路上にあふれんばかりの人だかり。演説の動員数だけをみれば、馳氏の圧勝を予想できるほどだった。
山野氏を応援していたある地方議員がこう振り返る。
「馳陣営のように有名な応援弁士を呼ぶことはできない。派手なことはしない。連日でかい広告を出すこともできない。選挙はボランティアが中心。選挙演説では、ひたすら金沢市長としての3期の実績を訴えた。震災復興にはパフォーマンスではなく、現実に即した行動力、経験値が不可欠。山野さんは即戦力だった。馳さんは衆議院で7回当選したが2回は比例復活。選挙に強いタイプじゃない。後ろ盾の森喜朗元総理の力も衰えた。馳さんがスキャンダルのデパートだったこともうちの陣営にはプラスになった」
馳氏のスキャンダルについては、これまで本サイトでも報じてきた。同氏は旧安倍派の裏金議員でもあり、東京五輪の招致を巡っては、講演で「官房機密費を使って東京五輪招致のため、IOC(国際オリンピック委員会)のメンバーに1冊20万円のアルバムを贈った」と発言し大炎上した。馳氏の最側近とされる人物が、経営する工場の従業員に暴力をふるい逮捕されたこともある。
知事として最低限の務めである「定例記者会見」にも応じようとせず、地元メディアとの大きな軋轢もあった。石川県内の自民党関係者が、あきらめ顔で次のように語る。
「ある意味、馳さんは落ちるべくして落ちた。当然の結果だったとも言える。我々は高市人気に頼り、その勢いさえあれば震災対応の遅れやスキャンダルもごまかせると踏んでいた。間違っていた。衆議院選挙と知事選を同列にみていたことも失敗。なにより、有権者の思いをくみ取れなかったのことが最大の敗因だ」
アメリカのイラン攻撃を知りながら知事選の応援を優先させた高市氏だったが、肝心の馳氏は強いと言われる「二期目」で敗戦。高市政権“凋落”の第一歩となるかもしれない。










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