核兵器と核開発をめぐるダブルスタンダード

 不動産取引なら、いきなりとてつもない値段をふっかけて相手の反応を見る、というのもありなのかもしれない。けれども、大勢の人の命がかかっている戦争で同じやり方をしても通じるはずがない。

 開戦早々、トランプ大統領がイランに「無条件降伏」を迫ったのに対して、イランは空爆で殺された最高指導者、ハメネイ師の後任に次男のモジタバ師を選出し、徹底抗戦の姿勢を示した。モジタバ師はイスラム体制の中核組織「革命防衛隊」との関係が深く、反米強硬派という。戦争が長引き、世界経済がさらに混乱するのは避けられそうもない。

 そもそも、トランプ大統領はどのような目的でイスラエルと共にイランに攻め込むことを決めたのか。イランの石油利権を握るためか。それとも、エプスタイン文書の公開が進み、未成年者の性的人身売買スキャンダルが政権周辺に及びそうになってきたため、その目くらましか。はたまた、11月の中間選挙に向けて「強いアメリカ」を演出するためか。欲張りな大統領のことだから、それらを全部狙っているのかもしれない。

 トランプ大統領の胸の内は推し量りようもないが、イスラエルの戦争目的ははっきりしている。イランの核開発能力を破壊すること、少なくとも開発を大幅に遅らせることである。イランの核の脅威を取り除けば、イスラエルの存続を危うくする国は中東にはなくなる。この戦争によってイランの国内がどうなろうと、あまり関心はないだろう。核の脅威の除去、そのためにイランという国家を可能な限り弱体化させる――これに尽きる。

 世界各国の軍備状況を監視しているストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2025年1月時点での核兵器の保有国と核弾頭の配備数、保有総数、2021年比の増減、最初の核実験を実施した年は次の通りである(北朝鮮が2006年に初めて核実験を実施したとの記述には後述するように異論がある)。

 米ロ両国の核戦力は、弾頭数を徐々に減らしているとはいえ圧倒的だ。いつでも実戦で使える核弾頭の配備数に、貯蔵しているものを加えた保有総数は5,000を超える。英仏は横ばい、中国は保有総数を急激に増やし、すでに英仏を上回っている。海を隔てて向き合う日本にとっては深刻な状況である。

 第2次大戦後に発足した国連は、戦勝国の米ソ英仏中5カ国に安全保障理事会の常任理事国という特別な地位を与えた。5カ国には拒否権があり、1国でも反対すれば、国連の武力紛争への対応機能はマヒする。1970年に発効した核不拡散条約(NPT)が核兵器の保有を認めているのも、この5カ国だけである(ソ連の立場はロシアが引き継いだ)。戦後の国際秩序は、最初から不平等で不条理なものだった。多くの国は「大国に逆らっても無駄」とあきらめ、受け入れてきたに過ぎない。

 1945年、国連が発足した時に「存在しなかった国家」、インドやパキスタン、北朝鮮、イスラエルが核兵器の開発を進め、保有するに至ったのは、そうした不平等と不条理を考えれば、ある意味、「理にかなっている」と言うこともできる。中国と国境紛争を抱えるインドは対抗上、核兵器を必要とする。建国以来、そのインドと敵対しているパキスタンも「持たざるを得ない」となる。イスラエルにしても北朝鮮にしても、「国家として存続しようとすれば、核兵器の保有は必須」と考えた結果だろう。

 北朝鮮が初めて核実験を行った年について、SIPRIの年鑑は「2006年」と記しているが、軍事専門家でこれを信じる者は少ない。ずっと早いと考えられる。

 パキスタンは1998年に核実験を複数回実施した。炸裂させたのは「濃縮ウラン型の核兵器」だったが、最後の1発は「プルトニウム型核兵器」だった可能性がある。実験後にプルトニウム型核兵器に特有の放射性物質が検出されたからだ。パキスタンが開発してきたのは濃縮ウラン型の核兵器であり、この時点ではプルトニウム型は保有していないと見られていた。では、最後の炸裂は何だったのか。

 パキスタンは長い間、核兵器と弾道ミサイルの開発で北朝鮮と協力し合ってきた。最後の炸裂は、パキスタンが北朝鮮のために北朝鮮製のプルトニウム型核兵器の実験をした可能性があるのだ。米英の軍部と諜報機関はその後の追跡調査によって、「代理実験だった」との結論を得たようだ。ニューヨーク・タイムズは2004年にこの「代理実験説」を報じ、NHKも2012年に元解説委員の秋元千明氏を起用して詳しく伝えた。「代理実験」は事実と見て間違いないだろう。

 問題は、イスラエルの核実験と核保有である。SIPRIの年鑑は毎年、イスラエルが初めて核実験をした年を記していない。確認できないからだが、実は「1979年に実施した」との有力な説がある。専門家の間で「ヴェラ事件」と呼ばれるものだ。

 1979年9月22日、アメリカの核実験監視衛星「ヴェラ・ホテル」がアフリカ大陸と南極大陸の中間海域で「二重の閃光」を捉えた。二重の閃光は核爆発に特有のもので、アメリカ空軍はすぐさま、核爆発に伴って放出される放射性物質を検出するために偵察機を飛ばした。だが、検出することはできなかった。米軍は潜水艦探知用の音響監視システムのデータなどあらゆる手段を尽くしたが、この時点では核実験が行われたことを確認することはできなかった。当時のカーター大統領は専門家委員会を設置して調べさせた。委員会は「核爆発によるものではない」との報告書を公表した。アラブ諸国の反発を恐れてフタをしたのである。

 閃光が捉えられた時、問題の海域の天候は荒れており、上空で監視にあたっていた衛星は「老朽化したため退役」の時期を迎えていた。秘密裏に核実験をする条件がそろっており、「イスラエルはそれを見越して、南アフリカの協力を得て決行した」との見方は消えなかった(南アフリカも当時、核兵器の開発を進めていた)。

 世界の科学者たちは、その後も「ヴェラ事件」の検証をやめず、様々なデータが蓄積されていった。南極で各種の観測をしていた日本の「昭和基地」からも地震計のデータが寄せられた。そうして集まったデータは、「1979年に観測された二重の閃光はイスラエルの核実験によるもの」との見方を裏付けるものだった。今では、これを否定する科学者は見当たらない。それでも、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の年鑑は「確認できない」として、イスラエルの核実験年を空白のままにしている。

 中東各国の軍事専門家たちは、イスラエルや北朝鮮が核兵器を持つに至った経緯を熟知している。政治家の多くも概要を把握しているだろう。国連の各種機関も欧米諸国も、核兵器と核開発についてはダブルスタンダード(二重基準)を貫いている、と彼らは知っているのだ。戦争となれば、ウソでもごまかしでも何でもあり、二重基準どころか三重基準でもまかり通る――それが国際社会の厳しい現実である。

 「イラン侵攻は国際法違反だ」というのは確かに正論だが、今は正論を声高に叫ぶより、国際社会の厳しさをかみしめ、戦争の影響をいかにして抑えるかを考えるべき時だろう。先行きがまるで見えない。長い戦争になるかもしれない。

長岡 昇(元朝日新聞論説委員)

長岡 昇(ながおか のぼる)
山形県の地域おこしNPO「ブナの森」代表。市民オンブズマン山形県会議会員。朝日新聞記者として30年余り、主にアジアを取材した。2009年に早期退職して山形に帰郷、民間人校長として働く。2013年から3年間、山形大学プロジェクト教授。1953年生まれ、山形県朝日町在住。

≪写真説明&Source≫
◎モジタバ師の写真を持つテヘラン市民=ロイター

≪参考サイト≫
◎ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の年鑑2025(日本語版、英語版の順)
https://www.sipri.org/sites/default/files/2025-12/yb25_summary_jp.pdf
SIPRIYB25c06&6A.pdf

◎SIPRIの年鑑2022(同)
https://www.sipri.org/sites/default/files/2022-10/yb22_summary_jp.pdf
https://www.sipri.org/sites/default/files/YB22%2010%20World%20Nuclear%20Forces.pdf

◎「パキスタンは北朝鮮のために核兵器の代理実験をした疑いがある」と報じたニューヨーク・タイムズの記事(2004年2月27日付)
https://www.nytimes.com/2004/02/27/world/pakistan-may-have-aided-north-korea-a-test.html

◎「パキスタンの代理実験説」を報じたNHKの番組(2012年5月17日)
https://web.archive.org/web/20131202224840/http://www.nhk.or.jp/worldwave/marugoto/2012/05/0517m.html

◎ウィキペディア「ヴェラ事件」(日本語版、英語版の順)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%A9%E4%BA%8B%E4%BB%B6
https://en.wikipedia.org/wiki/Vela_incident

◎ヴェラ事件に関する昭和基地の地震計データについてのエッセイ(「ディレクトフォース」渋谷和雄、2017年7月16日)
https://www.directforce.org/DF2013/04_salon/essay2017/essay-249.html

 

 

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