力のある者に対して、人が媚(こ)びへつらうのは珍しいことではない。けれども、自分の国の首相がここまで追従する姿を見ようとは思わなかった。
高市早苗首相が訪米してトランプ大統領と会談し、「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っています。諸外国に働きかけて、しっかりと応援したい」と語った(現地時間3月19日)。何という言い草だろう。
イランとの戦争を始める決断をしたのは、イスラエルのネタニヤフ首相とアメリカのトランプ大統領である。相手国の指導者をいきなり爆殺するような戦争が「世界に繁栄をもたらす」と言うのか。学び舎に集う多くの女の子を教師もろともミサイルで吹き飛ばしておきながら、「イランがやったこと」とうそぶき、「米軍の誤爆」と報じられてからも「知らない」ととぼけるような政治家が「世界に平和をもたらす」と言うのか。
日本を取り巻く環境はきわめて厳しい。前回のコラム「核兵器と核開発をめぐるダブルスタンダード」に記したように、海を隔てた大陸には米ロに次ぐ数の核弾頭を持つ中国がいる。朝鮮半島の北側には50発もの核弾頭を保有し、「先軍思想」を掲げる独裁国家がある。アメリカの「核の傘」なしでは、日本は対峙することすらできない。同盟国アメリカに背を向けることなど、できるわけがない。が、寄り添うにしても言い方というものがあるだろう。苦しみ抜いて言葉を紡ぎ出し、それを口にするのが政治家としての務めではないか。
日本の首相はトランプ大統領と会って、何を語るのか。世界の指導者も市民も強い関心を持って見ていたはずだ。この発言がどのように受けとめられるのかは明らかだ。失笑し、顔をそむける人が多いだろう。それは日本という国と社会への失望、日本への信頼の喪失という形で跳ね返ってくる。著しく国益を損なう、下手なピエロのような言動だった。
イラン南部のミナブで女子小学校が爆撃された件については、すでに英語版ウィキペディアに「2026 Minab school attack」のタイトルで詳細な記述がアップされている(*下の画像参照)。日本語版ウィキペディアにはその抄訳が掲載されている。ペルシャ語を話す友人に尋ねたら、ペルシャ語版ウィキペディアにもある(英語版、日本語版、ペルシャ語版)。アラビア語を含め、多くの言語で伝えられ、今や画面に表示される自動翻訳機能を使えば、誰でも読むことができる。今回の高市首相の発言も、すぐさま世界の隅々にまで伝わる。そういう時代だからこそ、言葉の持つ重みをより深く考えなければならないのだ。

世界はこれから、どうなっていくのか。冷戦後の世界を冷めた目で見つめるシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授(国際政治学)は「アメリカはこの戦争に勝てない」と断言する。戦力ではアメリカとイスラエルが圧倒している。イランが勝つこともない。だが、アメリカは「イランの現在の体制を覆すこと」も「イランに傀儡政権を作ること」もできないだろう、と予測する。
ベトナムでもアフガニスタンでも、アメリカは個々の戦闘では勝ったものの、最終的には敗れて撤退した。アメリカはそこから何も学んでいない、と教授は言う。短期決戦に失敗し、持久戦になった段階で、アメリカの勝利はなくなったのだ、と。イランはホルムズ海峡の閉鎖を続けて世界経済を混乱させ、「生き残ることだけ」を考えればいい。それは十分に可能だろう。
ミアシャイマー教授によれば、イスラエルはバイデン政権の時にも「イラン攻撃」を二度にわたって持ちかけたが、当時のバイデン大統領はイスラエルへの防衛協力にとどめ、イラン本土への攻撃には関与しないという賢明な判断をした。
教授によれば、今回のイラン攻撃には国内法上の正当性も国際法上の正当性もない。「トランプ大統領は思うがままに行動する。彼にとって法律とは、不都合であれば無視しても構わないもの」と批判する。困った政治家、なのである。
ミアシャイマー氏の両親はドイツ系移民とアイルランド系移民で、ニューヨークのブルックリンで生まれ育った。陸軍士官学校を卒業した後、軍務に就き、学究の道に進む。軍備管理と核抑止論の専門家で、「1994年にウクライナが核兵器をロシアに引き渡したのは誤りだった」と指摘し、ロシアのウクライナ侵攻を予測した。攻撃的現実主義と呼ばれる理論を唱え、アメリカの国際政治学の有力学派を成している。
私は今回のイラン戦争に関する彼の分析と発言を、台湾のウェブメディア「風傳媒」で知った。日本のメディアにはあまり登場しない。ミアシャイマー氏は自著『大国政治の悲劇』に、「日本はアメリカの核の傘がなくなった時に核兵器の保有を検討しなければならなくなるかも知れない。核兵器の強力な抑止効果を考えた場合、日本は核兵器を入手したいという強力な動機にさらされることになる可能性は高い」と記している。
それもあってか、核廃絶を是とする日本のメディアの多くは彼の見解を伝えようとしない。戦後の平和憲法にしがみつき、国連中心外交を唱えてきた人たちは警戒しているのだろう。イラン戦争の行方にせよ、中国の台湾武力侵攻の可能性にせよ、台湾メディアの方がはるかに読み応えがある。報道に携わる人たちの「覚悟」がまるで違う。
日本のタカ派は、アメリカに対して高市首相のようなおべっかを平気で言う。一方で、リベラル派はお花畑で憲法と国際政治を語り合っている。高齢化と少子化も心配だが、日本のひ弱な政治と言論はもっと心配だ。
長岡 昇(元朝日新聞論説委員)
長岡 昇(ながおか のぼる)
山形県の地域おこしNPO「ブナの森」代表。市民オンブズマン山形県会議会員。朝日新聞記者として30年余り、主にアジアを取材した。2009年に早期退職して山形に帰郷、民間人校長として働く。2013年から3年間、山形大学プロジェクト教授。1953年生まれ、山形県朝日町在住。
≪写真説明&Source≫
◎ホワイトハウスでトランプ大統領と会談する高市早苗首相(外務省のサイトより)
◎ミサイル攻撃で多くの女子児童と教師が亡くなったミナブの小学校(2月28日、国営イラン放送)
≪参考サイト&文献≫
◎ウィキペディア「2026 Minab school attack」(英語版、日本語版、ペルシャ語版の順)
◎ウィキペディア「ジョン・ミアシャイマー」(日本語版、英語版の順)
◎『大国政治の悲劇』(ジョン・ミアシャイマー、五月書房新社、2019年)
◎「米国はイラン戦争に勝てない」(風傳媒日本語版、2026年3月11日)
◎「米国はイランでベトナム戦争の失敗を繰り返す」(同、2026年3月12日)
≪参照コラム≫
◎核兵器と核開発をめぐるダブルスタンダード(2026年3月16日)
◎戦後秩序を打ち砕く新しい戦争が始まった(2026年3月5日)
◎激しい逆流、新しい戦争への道(2026年1月18日)

長岡 昇(ながおか のぼる)













