「緊急事態条項」創設目指す安倍首相が招いた“新型コロナ緊急事態”

大きな地震や豪雨による被害が発生するたび、安倍晋三首相をはじめとする改憲論者たちが持ち出してくるようになったのが、東日本大震災をきっかけに議論されるようになった「緊急事態条項」である。

■「緊急事態条項」に重なる「国家総動員法」

緊急事態条項とは、有事や大規模災害などの緊急時における政府の権限を明確化し、国民の生活や経済活動などに制限を加えることを認める規定だ。自民党は「9条への自衛隊明記」、「緊急事態条項創設」、「参院選『合区』解消」、「教育の充実」の4項目を改憲の柱に据えているが、戦前の国家総動員法と同じ趣旨の緊急事態条項については、多くの有識者が危険性を指摘してきた。

2012年に公表された自民党の「日本国憲法改正草案」には、以下の通り、わざわざ「緊急事態条項」の章が設けてある。

第九章 緊急事態

第98条(緊急事態の宣言)

1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。

3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。

4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

第99条(緊急事態の宣言の効果)

1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる

2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。

3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。

4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

この条文の規程に従えば、総理大臣にすべての権限を集中させ、専決で事を動かすことが可能となる。国会には事後報告で済む。国民は政府の指示に「従わなければならない」というのだから、まるで共産主義国家である。

憲法とは権力を縛る規定なのだが、自民党の議員たちはよほど頭が悪いのか、憲法で逆に国民を縛ろうというのだから話にならない。

戦争や自然災害に対応するためには基本的人権や個人の自由も制限できるとする自民党の考え方は、日中戦争が泥沼化していた1938年(昭和13年)に公布された戦時法規「国家総動員法」の制定理由と同じものだ。

同法の第一条には、こうある。『本法ニ於テ国家総動員トハ戦時(戦争ニ準ズベキ事変ノ場合ヲ含ム以下之ニ同ジ)ニ際シ国防目的達成ノ為国ノ全力ヲ最モ有効ニ発揮セシムル様人的及物的資源ヲ統制運用スルヲ謂フ』

口語訳すれば、≪本法律において国家総動員とは、戦争時(戦争に準ずるような事態を含む)に際し、国防という目的の達成のため、国の力を最も有効に発揮できるよう人的、物的資源を政府が統制し運用することをいう≫――つまり戦争遂行のためには、人も物も政府の統制下に置くということに他ならない。国家総動員法が制定された後、この国がどうなったのかは、歴史に刻まれた事実が教えてくれている。

■災害被害を国民と現行憲法のせいにする安倍政権

大規模災害が発生するたび、自民党や極右勢力から緊急事態条項の必要性を訴える声が上がる。憲法に緊急事態条項を加え、権力側が「緊急事態」だと主張すれば、何をやっても人権や自由の侵害について異議を唱えられることがなくなるからだ。歪んだ権力にとって、これほど便利なきまりはない。当然、この条項には強い反発が出るため、改憲派はでっち上げに頼って必要性を宣伝することになる。東日本大震災が起きた後の、改憲派の最初の言い分はこうだった。

・東日本大震災の発生直後、物資の統制ができず、ガソリン不足により救急車などの緊急車両が出動できなかった。

・東北各県において、法的根拠がなかったために放置車両を撤去できず、避難所等に救援物資を運ぶことができなかった。

・救助に向かった自衛隊員が、法的な根拠がないために倒壊家屋などに立ち入れず、救助活動に支障をきたした。
――だから、総理大臣に私権の制限もできる強大な権力を持たせることが可能となる緊急事態条項を憲法に加える必要がある、という論法だ。

緊急事態条項がないために「被害」が拡大したとの前提だが、実はこうした例がほとんどデマだったことが分かっている。きちんと検証すればすぐに“でっち上げ”だと判明する話であるにもかかわらず、改憲派があえて嘘の被害を宣伝するのは、確信犯的に国民を騙そうとしている証左だろう。人の不幸を利用して改憲につなげようというたくらみは、東日本大震災から8年以上経ったいまも、継続されている。

2016年に熊本地震が発生した際には、菅義偉官房長官が緊急事態条項の必要性に言及した。「今回のような大規模災害が発生したような緊急時に、国民の安全を守るために国家や国民がどのような役割を果たすべきかを、憲法にどう位置づけるかは極めて重く大切な課題だ」(官房長官会見での発言)

自民党は、基本的人権や自由を制限すれば災害復旧がうまくいくとでも思っているらしく、大規模災害が起きる度に、緊急事態条項を改憲の理由にあげてくる。根底にあるのは、政治や行政の力不足を棚に上げ、国民と現行憲法に災害被害の責任を負わせようとする無責任な態度だ。

■新型コロナを「改憲」に結び付ける卑劣な政治家たち

それにしても、能力のなさを自覚せず危機に便乗して改憲の必要性を訴える――「どさくさ紛れ」というより「火事場泥棒」という言葉の方が似合う――卑劣な政治家が増え過ぎた。

伊吹文明元衆院議長は今年1月、所属する二階派の会合で、新型コロナウイルスの感染拡大は「憲法改正の大きな一つの実験台。緊急事態の一つの例」と発言。感染拡大を、自民党が掲げる「改憲4項目」のうちの緊急事態条項に結び付け、改憲の必要性を訴えた。

改憲勢力の一角である日本維新の会も、この時とばかりに暴論を重ねた。馬場伸幸幹事長は、「新型コロナウイルスの感染拡大は非常に良いお手本になる」と発言。次いで自民党の鈴木俊一総務会長が、緊急事態条項について「それも一つのやり方だ」と続いた。

2月には、下村博文自民党選対委員長が講演の中で、「人権も大事だが、公共の福祉も大事だ。直接関係ないかもしれないが、(改憲)議論のきっかけにすべきではないか」と述べている。こうなると、もう止まらない。

憲法記念日の今月3日、安倍首相は極右組織・日本会議系の団体が実施したオンライン集会に、自民党総裁としてビデオメッセージを寄せ「緊急事態に国家や国民がどのような役割を果たし、国難を乗り越えていくべきか。そのことを憲法にどのように位置付けるかは、極めて重く大切な課題だ」と発言。緊急事態条項の必要性に言及する形で、改めて憲法改正の議論を促している。

周知の通り、安倍首相は、習近平の訪日や東京五輪・パラリンピックの開催にこだわって新型コロナの水際対策に失敗した。感染拡大後は、すべての対応が後手に回り、緊急事態宣言で事態の打開を図ろうとしているが、これなどしょせん国民の努力と我慢に頼る最後の策だ。いまや経済は冷えきり、倒産や事業中止が相次ぐ事態となっている。

この間、安倍首相がやったことといえば、466億円もの税金を投じて不良品のマスクを国民に配り、歌手の投稿動画に勝手にコラボしてセレブの生活ぶりをひけらかしただけ。2月の会見で約束した「PCR検査1日2万件」は実現しておらず、いつになるのか判然としない経済支援を『世界で最も手厚い』などと自賛する有様だ。水際対策に失敗して感染拡大を招いた張本人が、税金で賄う経済支援を世界で何番目などと評することに、怒りを覚えるのは記者だけではなかろう。

全国の自治体首長が独自の新型コロナ施策を打ち出し、地域住民とともに戦っているのが現状だ。一方、後手に回った安倍首相と官邸は、右往左往するばかり出口戦略も描けずにいる。コロナ禍を悪化させ、「緊急事態」を招いたのは紛れもなく安倍首相本人。その安倍さんが憲法改正で緊急事態条項を創設すると言うのだから、とんだブラックジョークである。

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