鹿児島県医師会がなくした「仁」

『仁』とは、他者に対する思いやりの心、つまり「仁愛」だ。そうした意味で、鹿児島県医師会において「医は仁術」という言葉は死語になったと断言しておきたい。

2か月以上続く取材を通じて見えてきたのは、「腐った組織」の実態だ。県医師会のトップである池田琢哉会長ら幹部の医者たちは、性被害を訴える女性の人権を再三にわたって踏みにじり、あろうことか、その件を医師会長選挙の道具として逆利用した。

池田氏支持の一部の医者が吹聴していたのは、池田氏による悪質な「合意論」をさらに発展させ、強制性交事件そのものを「被害女性の雇用主である医療機関のトップが仕組んだ、いわゆる美人局(つつもたせ)だった」とする“でっち上げ”。そのようなことを考え、また実行するなどできるはずもなく、被害女性のみならず雇用主の人権までも踏みにじった許し難い誹謗中傷である。

さらに、「合意論」を振りかざす池田会長の姿勢を批判した塩田康一鹿児島県知事の黒幕説を流すなど、巧妙に “事件”と医師会長選挙を結び付け、池田氏の対立候補に投票しないよう働きかけていたことが分かっている。

人の道を外れた方々に「仁愛」について説くつもりはない。本稿は、鹿児島県医師会に対するハンターからの苦言である。

■「合意があった」は卑劣な言い訳

近年、女性の人権やジェンダーについての問題が注目されるようになり、政治課題としても議論されるようになった。

記憶に新しいのは、勇気をもって性被害を訴えたフリージャーナリスト・伊藤詩織さんの“事件”だろう。

この事件は、いったん政権の力でもみ消されながら、望まない性行為を受けたとして伊藤さんが損害賠償を求めた民事訴訟において、1審の東京地裁も2審の高裁も「合意があった」とする元テレビ局幹部の主張を退け、原告の訴えを認める判決を下している。

言うまでもなく、「合意があった」は性犯罪者が自己弁護のために使うきまり文句。証拠が乏しいことや精神的にまいっている被害女性の立場に付け込む、卑劣な言い訳である。鹿児島では、新型コロナ患者そっちのけで何度も強引な性交渉に及んだ医師会の男性職員が「合意があった」と主張し、池田会長ら県医師会の幹部らも、公式・非公式に「合意があった」と明言してきた。被害を訴えている女性の人権に対する配慮は、これっぽっちもなされていない。

■#MeToo無視の鹿児島県

最近、相次いで報道されたのが、複数の映画監督による女優へのセクハラ・性加害。立場を利用して、女優を性の道具にした映画監督らに世間の目は厳しく、いずれの“加害者”も映像の世界で仕事を続けるのは不可能な状況だという。他者の人生に傷を残したのだから、あたりまえの結果と言えるだろう。

2017年にアメリカの女優が投稿したツイートを発端に世界中に広がった「#MeToo運動」は、沈黙を余儀なくされてきた性的被害を公表することで、世の中を変えていこうとする動きから生まれたもの。そうした流れの中にあっても、強制性交などの被害を受けた女性たちが、SNS上でつぶやくことさえできずに、悩み苦しむケースは後を絶たない。

鹿児島県では、「仁愛」の心をお持ちのはずの医者たちが、寄ってたかって性被害を訴えた女性の人権を踏みにじり、その女性の雇用主まで誹謗中傷するという、信じられない事態が起きている。

これまでハンターは、新型コロナウイルスの療養施設で、鹿児島県医師会の男性職員が女性スタッフに行った “わいせつ行為”に関する問題点を何度も報じてきた。

まず責められるべきは、コロナ患者そっちのけで強制性交を疑われる行為を繰り返していながら、何の責任もとらない問題職員と派遣元である県医師会の姿勢だ。

塩田康一県知事や県議会がその点を問題視して厳しく批判したが、医師会側は誠意ある対応をみせておらず、「調査結果を待って」と引き延ばしを図ってきた。背後に、「合意論」を吹き込み調査の引き延ばしを指導した、鹿児島一評判の悪い弁護士がいるとの情報がある。

次は、人道上の問題だ。池田琢哉会長をはじめとする県医師会の幹部らは、刑事告訴までした被害女性の声を無視して、「複数回の性交渉。合意があった。強姦ではない」という見解を公言してきた。しかも、この非常識な弁明は被害女性の話を聞く前の段階から流されており、池田氏が会議の中で「伝えていただければありがたい」と指示したため、「合意があった」とする加害男性の一方的な言い分だけが医師会内部の了解事項として広がってしまった。こんな非道が許されていいはずがない。

池田会長、常任理事の大西浩之氏、大島郡医師会の向井奉文氏、理事の立元千帆氏……。記者が直接話を聞いた県医師会の役員らは、いずれも「複数回」や「合意」という言葉を発し、会ったこともないはずの被害女性の訴えを真っ向から否定した。仁だの仁愛だのといった言葉は、この方々の辞書にないらしい。

■今後の行方

今後は県医師会が主導する調査委員会なるものから懲罰委員会を経て、事件を起こした男性職員への処分が決まることになるという。しかし、この二つの委員会の委員構成そのものが問題で、外部の識者は少なく、中立性は担保されていない。つまり、県医師会上層部にとって都合の良い委員会であり、そこに大きな問題を孕んでいる。

事件発覚からすでに半年経過しようとしているにも関わらず、遅々として進まない県医師会による調査。方法論自体が非難の対象だろうが、処分結果によっては、より重大な社会問題に発展することになる、と警告しておきたい。

鹿児島県には、旧藩時代から続く「男尊女卑」の風潮が残っていると聞く。同意しづらい指摘ではあるが、性被害にあったという女性の訴えを真っ向から否定し、その事件を逆手にとって何の関係もない医師会長選挙に利用した鹿児島県医師会幹部らの行為は、「男尊女卑」どころか「人の道」に外れたもの。想起されるのは、「仁愛」とは対極をなす「鬼畜」という言葉である。

世間の常識から大きくずれた方々に、この国の医療や「命」について語る資格があるとは思えないが……。

(中願寺)

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