色褪せた「聞く力」|「国葬」でみえた岸田文雄の実相

昨年9月の自民党総裁選以降、岸田文雄首相が事あるごとに強調してきた「聞く力」。国民の声に耳を傾けなかった安倍晋三、菅義偉という二人の首相経験者との違いを印象付けるための旗印だったようだが、就任から1年ですっかり色褪せた。

岸田首相がやっていることは、「聞く耳持たぬ」で強権的な政権運営を続けた安倍氏の政治手法そのもの。その象徴が、国民の半数以上が反対している「国葬」である。

■「岸田ビジョン」

岸田首相は、昨年9月の自民党総裁選(9月17日告示、29日投開票)直前、自らの政治信条や政権構想について述べた『岸田ビジョン 分断から協調へ』(講談社)を上梓した。同年10月に発行された、その著書の新書版の「はじめに」で岸田氏は、こう述べている。

2021年10月4日、衆参両院において首班指名を受け、第100代内閣総理大臣に就任いたしました。

自民党総裁選の期間中に繰り返し述べたとおり、「聞く力」を持つ新しいタイプのリーダーになることを、ここであらためて国民の皆さまにお約束します

“「聞く力」を持つ新しいタイプのリーダーなることを、ここであらためて国民の皆さまにお約束します”――これは、「それまでのリーダーは『聞く力』を持ち合わせていなかった」の裏返し。安倍と、安倍を支えてきた菅を意識しての「約束」である。もっと分かりやすく言えば、「私はこれまでの首相とは違う」というメッセージが込められているということだ。

前政権を批判したに等しい記述は、この後も出てくる。

リーダーとしては、さらにそれに加えて国民の心に届く説明が非常に重要であると肝に銘じています。これまでの自民党政権に対して国民が疑念を抱いた問題があれば、それもできる限りの情報公開をして、徹底した説明を行いたい。その愚直な繰り返しでしか、国民の皆さんの信頼を得ることはできないと思うからです。

対話のなかから信頼を築き、リーダーシップを発揮する、私のようなタイプの政治家が、いま求められているのだと信じています。

私は以前から、「聞く力」を自分の特長として挙げてきました。いまはそれに加えて、国民の皆さんが政治や政治家について知りたいと思うこと、疑問に思っていることに対して丁寧かつ徹底的に説明をし、納得をいただく努力を重ねていきたいと考えています。

この本が出版された当時、“国民が疑念を抱いた問題”、“国民の皆さんが政治や政治家について知りたいと思うこと、疑問に思っていること”といえば、いわゆるモリ・カケ・サクラ、すなわち森友学園への国有地払い下げや加計学園の獣医学部新設を巡る疑惑であり、さらには総理大臣が主催する公的行事「桜を見る会」に指摘される様々な法的問題を指していた。現在は、自民党と旧統一教会とのズブズブの関係についても真相解明を求める声が大多数だ。

岸田氏は、様々な疑惑を念頭に置いた上で“できる限りの情報公開をして、徹底した説明を行いたい”と宣言している。安倍への脅しともとれる記述だったが、首相就任後、真っ先に破られる「約束」となったことは周知のとおりである。おそらく、安倍元首相と統一教会との関係についても、詳しく調べるつもりはない。

「対話のなかから信頼を築き、リーダーシップを発揮する、私のようなタイプの政治家が、いま求められている」と自慢げに売り込んでいたが、言葉だけの政治家であることが分かったいま、岸田氏のようなタイプの政治家を求める国民は少ないだろう。安倍元首相を巡る数々の疑惑に蓋をした岸田首相の、後手に回る新型コロナウイルス対策や、物価高騰への無策を思い知らされた今となっては、虚しく響く主張ばかりだ。

■「閣議決定」で国葬強行

国葬を決めた際の手法は、国会での議論を必要としない「閣議決定」。かつて安倍元首相が、歴代内閣の憲法解釈を捻じ曲げ、集団的自衛権の行使容認に踏み切った時の手法と同じだ。その後、各界から疑問や批判が巻き起こり、国民の半数以上が「国葬反対」に回っている。しかし、岸田首相には振り返る勇気も、国民の声を重視しようとする気持もない。「聞く力」がないがゆえの、「聞く耳持たず」なのである。

首相は、8月31日の記者会見で、国葬儀を執り行うとの判断に至った理由について次の四つを挙げた。

①民主主義の根幹たる国政選挙を6回にわたり勝ち抜き、国民の信任を得て、憲政史上最長の8年8か月にわたり重責を務められた。

②東日本大震災からの復興や、日本経済の再生、日米関係を基軸とした戦略的な外交を主導し、平和秩序に貢献するなど、様々な分野で歴史に残る業績を残された。

③諸外国における議会の追悼決議や服喪の決定、公共施設のライトアップを始め、各国で様々な形で国全体を巻き込んでの敬意と弔意が示されている。

④民主主義の根幹である選挙活動中の非業の死であり、こうした暴力には屈しないという国としての毅然(きぜん)たる姿勢を示すこと。

「国葬」を営むにあたって、当然と思われる理由は一つもない。確かに安倍元首相は、衆院選3回、参院選3回の国政選挙でいずれも勝利した。政権の歴大最長記録も作った。だが、それを国葬の理由にするには無理がある。選挙では、与党側に投票しなかった有権者が一定数いるからだ。選挙で勝ったからこその長期政権なのだが、安倍流の強権的な政治手法を嫌った国民が多数いたことに目をつぶってはなるまい。

震災復興という業績についても、安倍氏だけが称えられる話ではない。1995年に起きた阪神・淡路大震災の復興には、当時の首相だった村山富市氏が尽力したし、その後を継いだ橋本龍太郎氏も努力を重ねた。首相が震災の復興や経済の再生、外交に力を入れるのは当然のことで、安倍氏だけを特別扱いする理由にはならない。諸外国から弔意が示されるのも当然で、これも国葬の理由にはなり得ない。

「選挙活動中の非業の死」に異論を差しはさむつもりはないが、銃撃事件の原因となったのが旧統一教会の反社会的行為で、その教団に肩入れし、お祝いのビデオメッセージまで送っていたという安倍氏の「国葬」に納得できる国民は少数だろう。日本人の財産を収奪してきたカルト団体とつながり、事実上の広告塔を務めてきたとみられる人物のために、数十億円ともいわれる公費を使って「国葬」をやる必要などない。

岸田首相に本当の「聞く力」があるのなら、国葬に反対する国民の声に耳を傾け、振り返る勇気をもって葬儀の在り方を改めるべきではないのか。会見で、強弁に等しい説明を続ける姿勢からは、そうした謙虚さは感じられないが……。

岸田首相の著書の副題に「分断から協調へ」とある。安倍氏の国葬を巡っては民意の半数以上が「反対」である一方、何割かは「賛成」もいて国論が割れる状況だ。極右に「協調」して「分断」を招いているのは、国民の声を無視して国葬を強行しようとしている岸田首相自身だろう。

(中願寺純則)

 

 

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