脱原発を巡って、5人の元総理と原子力ムラの主張を代弁する政治家たちのバトルが勃発した。
5人の元総理とは、欧州連合(EU)に脱原発を求める書簡を送った小泉純一郎、菅直人、鳩山由紀夫、細川護熙、村山富市の各氏。対するのは高市早苗政務調査会長をはじめとする原発推進派の自民党議員らである。自民党側は、書簡を送った5人の元総理を「無責任」などと厳しく非難する決議まで行ったが、本当に無責任なのはどちらか――。
■「脱原発書簡」に嚙みついた原発推進の自民党
バトルの発端となったのは、欧州連合(EU)が進めるEUタクソノミー(企業の経済活動が地球環境にとって持続可能であるかどうかを判定し、グリーンな投資を促すEU独自の仕組み)の議論で出てきた、原発をクリーン電源の一つにしようとする動き。地球温暖化対策のために、二酸化炭素を出さない原発を推進しようというものだが、5人の元総理はこれに異を唱えた。下が1月27日付けで、EUの委員長あてに送られた書簡(日本語版)である。 これに即座に反応したのが自民党。問題視したのは、書簡の中の『多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ』という一文だった。高市早苗政調会長は2月2日の定例記者会見で、「ECに書簡を送った件について複数の議員から問題提起があった」と発言。次のような強い表現で5人の元総理を批判した。
「(福島第一の事故と原発事故福島県の子供に見つかった甲状腺がんとを)関連付けた誤った情報が広がるということは、いわれのない差別・偏見につながりかねない」「誤った情報に基づいて風評が広がるということは、(福島県農産品の)生産者をはじめ輸入規制の解除に向けた様々な方の血のにじむような努力を水泡に帰しかねないということで、政調会長の立場から5名の総理経験者に対して抗議の意思を表明させていただく」
書簡にある「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」の根拠となったのは、東京電力福島第1原子力発電所の事故でまき散らされた放射性物質により甲状腺がんを発症したとして、事故当時福島県内に在住し6歳から16歳だった6人の子供たちが東電に計6億1,600万円を支払うよう求めて東京地裁に起こした損害賠償訴訟。高市氏は、会見でこの訴訟そのものを否定する発言も行っている。
「福島県の子供に見つかった甲状腺がんについては、環境省の専門家会議、福島県の県民健康調査検討委員会、国連の科学委員会などの国内外の公的な専門家会議において、現時点では原子力発電所の事故による放射線の影響とは考えにくいという評価が出されている」
「現時点では」という逃げ道を残した言い方に原子力ムラの胡散臭さが感じ取れるが、この高市氏の主張は訴訟を起こした人たちの声を踏みにじったも同然だ。少数意見を黙殺する“極右政治家”の代表らしい物言いといえるだろう。このあと自民党の政務調査会は、組織として下の決議を行った。
「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」という文言が、「誤った情報」であるのか否かの判断など、実は誰もできはしない。小児甲状腺がんの発症数は年間100万人に1~2人程度であるにもかかわらず、実態調査で、昨年6月までに福島の子供たち約300人が甲状腺がんまたはその疑いと診断されたことが分かっているからだ。“治療の必要のないがんを見つけている過剰診断の可能性”を指摘する専門家もいるというが、「絶対に因果関係はない」と言い切れるとは思えない。国や電力会社、原発推進論者が「原発は安全」と言い続けてきた結果が、福島第一原発の事故だったことを忘れてはなるまい。
■どの口が言う「無責任」
笑うしかなかったのは、決議文の「無責任な鼓動と断じざるを得ない」という一節。福島第一原発の事故を巡って、無責任な発言を繰り返してきたのは、元総理5人を罵っている自民党の政治家たちなのだ。
決議を主導した高市氏は2013年6月、「原発事故によって死者が出ている状況ではない」と発言し、被災地から怒りの声が噴出する事態を招いた。彼女は当時も政務調査会長だった。
2014年には、当時環境大臣だった石原伸晃氏が、原発事故で出た廃棄物を保管する中間貯蔵施設建設の交渉過程で「最後は金目(かねめ)でしょ」と発言。謝罪と発言撤回に追い込まれていた。
2017年7月には、今村雅弘復興担当大臣(当時)が、「(被災したのが)東北で良かった」と言い放ち、辞任。桜田義孝五輪担当大臣(当時)は2019年10月、東京都内で開かれた高橋比奈子元衆院議員(2021年総選挙で落選)の政治資金パーティーで「復興以上に大事なのは高橋さん」と口を滑らせ更迭された。
極めつけは安倍晋三元総理。2013年、IOC総会で東京オリンピックの誘致演説を行った安倍氏は、震災を受けてメルトダウンした福島第一原発の汚染水について「状況はコントロールされています」と明言した。しかし、汚染水は増え続ける一方で、とうとう海洋放出せざるを得ない状況となっている。「コントロール」は、真っ赤なウソだったということだ。
■整備地も決まらぬ核ゴミ処分場
そもそも、最大の「無責任」は、国策として原発を推進してきた日本政府をはじめとする原子力ムラだ。地震頻発の狭い国土の中に50基以上の原発を整備したのは国と電力会社だが、1966年に東海発電所(茨城県東海村)が営業運転を開始して60年近く経とうとしているのに、核のゴミ(高レベル放射性廃棄物)を最終処分する施設は整備地さえ決まっていない。“ゴミを捨てる方法がないのに、毎日ゴミを出し続けている”というのが、日本の現状なのだ。これほど無責任な話はあるまい。
福島の農産物が風評被害を受ける状況に、多くの関係者が心を痛めてきたのは事実だ。一方で、原発事故の直後に飛散した放射性物質のせいで、作物がとれなくなった土地もある。そうした事態を招いたのは、「原発は安全」という虚構を吹聴してきた原子力ムラの住人たちであり、自民党の右寄り議員はほとんどその一員だ。だが、福島第一原発の事故の責任をとった政治家や電力会社の役員がいたという話は、残念ながら聞いたことがない。これもまた、「無責任」だろう。
原発の事故が子供たちの甲状腺がんを招いたとすれば、それは事故直後にばら撒かれた放射性物質が原因だ。訴訟を起こした人たちも、5人の元総理も、今そこに放射性物質が広がっていると言っているわけではない。放射性物質が人体を蝕むということは、原子爆弾の悲惨さを知る日本人なら、誰でも知っていること。時系列で物事をとらえ、放射能の怖さが少しでも想起できる人なら、元総理らの脱原発書簡を頭から否定することはできないはずだ。
高市氏や安倍氏は、憲法改正や米国との核兵器共有について「議論すべきだ」と世論をあおり、戦争への道を開こうと懸命になっている。この連中の方がよほど「無責任」だと思うのだが……。
(中願寺純隆)