甦る大政翼賛会とその時代 

1938年(昭和13年)、国会で「国家総動員法」の説明を行っていた陸軍の佐藤賢了中佐が延々と自説を披露。発言を止めるよう求めた国会議員らに対し、「黙れ!」と一喝して委員会室を去るという事件が起きる。将官でもない軍人が政党人を国会で罵倒するという暴挙だったが処分は下されず、同年5月には同法が施行された。

国家総動員法は、非常事態である戦争遂行を図るため、人や物はもちろん、言論までも政府の統制下に置くということを定めた戦時法規。非常事態を理由に国が国民を統制するという考え方は、自民党が憲法に加えることを主張している「緊急事態条項」に受け継がれている。

軍による支配を政党と国民が認めた結果、1940年(昭和15年)10月にはすべての政党が解散。御用結社「大政翼賛会」が発足して政治を壟断するようになり、日本は翌1941年(昭和16年)12月8日の真珠湾攻撃に始まる太平洋戦争へと突き進むことになる。そして終戦。「右へ倣え」の愚かさを知っているはずのこの国に、78年経って再び大政翼賛会の時代が甦りつつある。

■戦争遂行のための「翼賛体制」

大政翼賛会は、皇族である近衛文麿を中心に結成された官製の国民統制組織。各政党は解党してこれに参加し、総裁には首相が、各道府県支部長には知事が就任して行政の補助的役割を果たすまでに肥大化する。

陸軍出身の東条英機首相(当時)は、大政翼賛会を軸とした国家体制の確立に向けて「翼賛政治体制協議会(翼協)」を設立。1942年4月に執行された総選挙では、翼協が推薦した候補者を優遇する一方、非推薦候補には徹底的な選挙干渉を加えるという、いわゆる「翼賛選挙」が強行された。全議席の8割以上を翼協の推薦候補が占めたことで、戦争に向けて軍部が実権を握る「翼賛体制」が確立する。

ちなみに、政党人が矜持を示した事例として憲政史に残る「粛軍演説」(1936年:昭和11年)と「反軍演説」(1940年:同15年)で知られる斎藤隆夫は、大政翼賛会が結成された1940年の3月に衆議院を除名される形で政治の第一線から排除されている。

歴史の流れを振り返れば、国家総動員法から大政翼賛会に至るまでの約2年が、国民を戦争に向かわせるための準備期間だったことは明らか。この国は、政治が右傾化し異論を排する世の中になった場合の怖さを知っているはずだが、一部の野党は大政翼賛会とその時代に憧れを抱いているらしく、とんでもない方向に走り出している。日本維新の会と国民民主党のことだ。

■「第二自民党」を志向する日本維新の会

維新の馬場伸幸代表は先月23日、出演したネット番組で「第2自民党でいい」と発言。その上で、「立憲民主党がいても日本は良くならない」「共産党はなくなればいい」などと排除の論理を振りかざした。

もともと、日本維新の会は憲法改正や軍備拡張を強く主張してきた右寄りの政治組織。第二自民党発言といい、考え方の違う他党の存在を否定する姿勢といい、まさに大政翼賛会の現代版だ。馬場氏のような政治家が一定の勢力を持つ政党の代表に就いたということは、極めて危険な兆候とみるべきだろう。

■「自民党のアクセル」を明言した国民民主

危ない政治家は馬場氏だけではない。国民民主党の玉木雄一郎代表は7月30日、福岡市で開いた党員向けの集会で「自民党のアクセル役になりたい」と明言、自民党との協調姿勢を鮮明にした。どこに向けてスピードアップするためのアクセルなのかまるで分らないが、翼賛政治の肯定であることは確かだ。

国民民主は、昨年の新年度予算案に賛成するなど野党とは思えぬ異例の動きをみせてきた政党だ。「ゆ党」と揶揄されながら、連立入りを画策してきたことも知られている。憲法改正、原発推進、軍備増強容認と主要な政策課題はほとんど自民党と一致しており、共産党排除の活動方針は自民党以上に徹底している。自民党と異なるのは、支持母体が民間労組だという点くらいだろう。ただし、地域に根差した政党ではないため、支持率は1~2%程度という超低空飛行から脱し切れていない。「保守」を演出することで党勢拡大を実現し、あわよくば連立参加も、という狙いが透けて見える。

■学ぶべき歴史がある

「国防」や「軍備増強」といった言葉に踊らされ、志をなくした政治屋が集まってできたのが大政翼賛会であり、そうした流れがいったんは国を滅亡寸前にまで追い込んだことを忘れてはなるまい。

しかし、岸田政権は昨年来、防衛費を5年間で43兆円も増額することや、敵基地反撃能力を容認する方針を決めるなど軍拡路線まっしぐら。“戦争ができる国”への地ならしに懸命だ。つまりは戦前回帰。戦前とは、すなわち大政翼賛会の時代のことだ。

マイナンバーカードを巡る混乱や自民党議員による相次ぐ不祥事を受け、報道各社の世論調査における岸田文雄内閣の支持率は急落。20%台という危険水域を示す数字もある。

それでも自民党にすがりたいのであれば、維新も国民民主も解党して、それぞれの議員が自民党に公認申請すればよかろう。その方がよほど分かりやすい。

終戦から78年を経て、歴史の語り部は年々その数を減らしている。しかし、国家総動員法や大政翼賛会が国民の自由を奪い、国を滅ぼしかけたことは、消すことのできない史実なのだ。近現代史のページをめくることは、そう難しいことではない。

(中願寺純則)

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