「KAZU1」取材合戦の裏で記者クラブを除名されたNHK

死者14人、行方不明者12人という未曾有の海難事故となった北海道知床沖の遊覧船「KAZU1」(カズワン)の沈没から2カ月。

行方不明者の捜索が続く中、取材にあたっていたNHK取材班の大失態が明らかになった。

■「マスコミで共有」――被害者遺族の依頼無視

5月28日、兵庫県警の記者クラブ。土曜日というのにNHKの記者があわただしい動きを見せていた。

ことは、5月はじめに遡る。KAZU1の取材が過熱する中、遊覧船事業者の知床遊覧船から遺族に配布した資料を、兵庫県内の被害者遺族が「マスコミで共有してほしい」とNHKの記者に手渡した。しかし、NHKは5月5日に「独自ネタ」として報道。渡された資料を、他の記者クラブ加盟社と“共有”することはなかった。NHKはそれが理由で兵庫県警記者クラブを「除名」になり、撤退の引っ越しに追われていたのだ。

問題のNHKのニュースは、5月5日午前6時42分に『知床観光船沈没事故 ずさんな運航管理が常態化か』という見出しで流された。内容は、知床遊覧船が、海上運送法などで定められている船の位置情報の記録を怠っていたというもの。当時は、国土交通省が監査中だったので、独自ニュースとして価値あるものだった。

問題のNHKニュースは「当初、運航会社は家族説明会の場に、事故を起こしたのとは別の船の記録した提出しておらず、出席した家族からは疑問の声が上がっていた。改めてこの観光船の記録簿の開示を求めたところ、空欄の目立つ記録が見つかった」として、全国に報じられた。だが、その直後、「おかしい」とクレームがあがった。

知床遊覧船の資料を提供したのは兵庫県の被害者遺族。知床の沈没事故取材は、地元の北海道メディアだけではなく全国の報道機関から記者が集まった。現場にいたある報道機関の記者は、こう話す。
「すぐに乗船者の名前や住所が明らかになりました。北海道から九州まで住所は広範囲。当然、乗船者の地元の記者が多くやってきました。NHKの兵庫県警担当だというX記者も、そうした一人。メディアスクラムにならないよう、各社、遠慮しながら取材をしていたんですが……」

そのNHKのX記者が、遺族の「共有」という言葉を無視して「独自ネタ」として報道した張本人である。今度は、兵庫県警記者クラブ加盟社の、ある記者が打ち明ける。
「5月5日夜8時22分、兵庫県警の記者クラブ加盟社に被害者のご遺族から提供された資料があるとして、NHKから資料が送信されてきました。ご遺族に確認したところ、各社で共有してほしいと資料を渡されていたNHKが、独自取材だとウソをついていたことが判明したんです」

だが、この問題は週刊文春の5月19日号で短く報じられたのみで、ほとんど公になっていなかった。現場が兵庫県警の管轄内ではなく北海道であったことなどが影響し、事情が把握しづらかったためだという。

■記者クラブ除名

5月24日、兵庫県警の記者クラブはNHK神戸放送局の能美龍太郎コンテンツセンター長に事情を聞くため、会議を開いた。その場で能美氏は、次のようにと説明したという。
「NHKが(資料を)幹事社として受け取ったのに自分のところでだけ放送した、ご遺族から各社で共有してほしいと言われたのにその資料を単独で使った、という指摘を受けている。NHKとしては個別取材で入手し放送した」
「(ご遺族との)連絡、意思疎通が十分ではなかったと指摘されているが、真摯に受け止める」

しかし、能美氏のこの説明を「真実」として聞く加盟社はなく、“ご遺族は横(他社)にまわして使ってほしいとNHKの記者に言い、記者もはいと答えた”、“5日夜にメール(で資料送信)しているので、能美氏の言うことは整合性がない”などと反論された能美氏は、同じことを繰り返すばかりの「防戦」が続き、ついには「心苦しい」「神戸放送局の報道責任者なので……」と言葉に詰まるシーンもあったという。その後、記者クラブ総会で協議し「除名」を決定したという。

「ご遺族は、知床遊覧船のいい加減な運航管理体制を報じてもらい、広く知ってほしいとNHKに共有してほしいと手渡したそうです。独自で報じたが、ウソがばれるとメールでまわしたのではないか。ご遺族の思いを踏みにじるものだ」(前出・兵庫県警記者クラブの記者)

当時、遺族取材は「メディアスクラム」状態だった。その中で、遺族の厚意によって得られた資料をポケットに入れたまま「独自」と報じたNHKは、今も遺族の意向を無視して、自己弁護の回答を続けている。NHKに、受信料を半ば強制的に徴収する資格があるとは思えない。

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