銃器摘発の元エース刑事らが啓発|北海道で依存症予防教育セミナー

「全国的に警察で銃器摘発に集中していたころ、ある時から『クビなし拳銃でもいい』ということになったんです。クビなしというのは、持ち主のわからない銃。よく『コインロッカーから銃がみつかった』とかいう事件、あれはほぼ100%、警察のヤラセです」――かつての「銃器捜査のエース」の語りに、50人ほどの聴衆が身を乗り出して聴き入る。声の主は、元北海道警察刑事の稲葉圭昭さん(68)。現職時代に拳銃摘発の不適切捜査にかかわった経験を話すのは、自身が体験した薬物依存のきっかけを知って貰うためだ。

◇   ◇   ◇

2年前に厚生労働省の補助金事業である「依存症予防教育アドバイザー」資格を得た稲葉さんは8月下旬、北海道・恵庭市で開かれた依存症予防の啓発セミナーで講師を引き受けた。

「さらに2年ぐらい経つと『自首減免』という制度ができて、銃を持って自首した人を罪に問えなくなった。それで、知り合いのヤクザとかに銃を持って来させたりして、私1人で都合100挺ぐらい出したと思います。そういう捜査を7年ほど続けてきたところ、私の情報提供者の1人が上司を脅迫するということがあった。それが全部、私のせいになっちゃったんです。組織的に違法捜査を続けたにもかかわらず『お前のせいだ』『もう仕事しなくていい』ということになった。『だったらもういいや』という気分になって、捜査協力者に注射して貰ったのが最初です。協力者を抱えるにはお金がかかるので、覚醒剤を密売して利益を得ていました。それで、常に薬物が手もとにあったんです。毎日のように薬を使うようになり、一日に何度も注射することもありました」

予防教育セミナー『アディクションと回復』を主催したのは、さまざまな悩みを抱える人たちを支援する恵庭市のNPO法人おはな。この日登壇した稲葉さんを含む4人の講師はいずれも先の予防教育アドバイザー資格を得ており、セミナーは北海道内の有資格者が初めて一堂に会する場となった。

道内で最初に資格を得た稲葉さんは、先述の薬物使用などで2002年に逮捕、未決勾留期間を含めて8年間ほどを刑事施設で過ごした。長期間の服役が断薬のきっかけとなり、社会復帰して10年以上が経つ今も覚醒剤とは無縁の生活を送っているが、自身は「今たまたまやめられているだけ」といい、予防教育資格を得る講習の課程で「何かの引き金があればいつ再開してもおかしくない」と自覚するに到ったという。8月のセミナーでは使用再開の未然防止に必要なことを問われ、「自分を大切にすること」と即答した。

「ベタな言い方ですけど、まず自分を大切にしないと、人のことも大切にできない、他人に優しくできないと思うんです。以前の私のようにヤケクソで物事を判断したり、行動したりせず、まずは落ち着いて自分を大事にするところから始めるべきです」

愛猫との生活が長い稲葉さんは「猫を飼うと優しくなれます」と参加者の笑いを誘いつつ、「依存症当事者の家族など周りの人たちは決して本人を見捨てないで欲しい」と呼びかけた。

セミナーではこのほか、専門医として依存症にかかわり続ける手稲渓仁会病院(札幌市手稲区)の白坂知彦医師がアルコール依存やオンラインゲーム依存について解説、とくに若い人などにみられるゲーム依存・ネット依存の背景に生きづらさの問題があることなどを指摘した。またリモート参加したNPO法人とかちダルク(帯広市)理事長の宿輪龍英さんは、再発防止に必要な考え方として「自分にも人にも正直であること」と話し、身の周りの小さな決まりごとを守り続けることで依存症をコントロールしている自身の体験などを語った。

セミナーを企画したNPO法人おはな代表の石上一美さんは、参加者の多くから「貴重な情報が得られた」などの感想が寄せられたことを受け、「これを機にそれぞれの地域で依存症への理解を深めていって貰えたら」と話している。

北海道内の依存症アドバイザーらが取り組む啓発企画としては、先の宿輪龍英さんらが参加して1111日、札幌市内で『勇者の祭典』と題したイベントを開催予定。やはり依存症当事者でアドバイザー資格も持つ俳優の高知東生さんらを招き、トークライブなどを開く。参加方法やプログラムなどの詳細は、特設サイト参照。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。

 

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