男女共学化の必然|鹿児島「楠隼中・高校」の実情

鹿児島県の塩田康一知事が、開会中の県議会で、全寮制男子校「県立楠隼(なんしゅん)中学・高校」の共学化と自宅通学を認める方針を示した。地元メディアは保護者や卒業生から反対の声が上がっていることを報じているが、県が同校の在り方を見直さざるを得なくなった肝心な理由は、ほとんど記事になっていない。ハンターは開学前から同校の設置に疑問を呈してきたが、これは明らかな「失政」。現状がそれを証明している。

■楠隼だけに約52億円超-家庭教師まで

「鹿児島県立楠隼中学・高校」は、2015年(平成27年)4月開校。鹿児島県が肝属郡肝付町(現・県立高山高校)に設置している中高一貫校だ。同年度末での閉校が決まっていた「高山高校」の敷地に、公立の中高一貫校では全国初の全寮制男子校として誕生した。

売りはロケットセンターがある立地を活かしたJAXAとの連携や、産・学と結んだエリート育成。開校にあたって投入された公費は約51億円に上っていた。かつては、知事に対するリコール(解職請求)運動で、対象事案のひとつにも挙げられている。

同校は県内外から生徒を募り、各学年の定員は中学60人、高校90人(中学からの持ち上がり60人を含む)。開学当初は注目されたが、高校の入学者数は年々減り続け、今年度は2人にまで落ち込んだ。

塩田知事は初当選した20年の知事選で、共学化と全寮制廃止をマニフェスト(政策綱領)に明記。県教育委員会が共学化と通学生受け入れに向けた検討を進め、23年度当初予算には調査費82万円を盛り込んでいた。

在校生と保護者、さらには卒業生が共学化反対の声を上げる気持ちは理解できる。誰であれ、母校の姿が変わるのを喜ぶ人はいまい。しかし、同校に支出されてきた公費の額と入学者数の推移をみれば、「このまま残す」という選択肢が、大多数の県民に受け入れられるとは思えない。

まず、楠隼の開校に要した公費は、旧校舎の改築費、寮の建設費、設備関係費などを入れて約51億円。これに、正規の授業終了後に寮で勉強をみてもらう「学習指導員」に要した年度ごとの費用(*下の表参照)が加わる。学習指導員は楠隼だけに採用されており、事実上の塾講師あるいは家庭教師にあたる。

開校までの費用約51億円に学習指導員への支出約1億6,000万円を加えると、楠隼への特例支出はおよそ52億6,000万円。これとは別に教員の給与や消耗品、維持管理費など他の学校と同様の必要経費が加わるため、楠隼への支出額はさらに膨れ上がることになる。

■「エリート養成校」への疑問

特別扱いの運営が続いてきた楠隼だが、目指していた「エリート養成校」の域には達していない。下は、鹿児島県教員委員会から入手した、同校の現役学生が合格した大学の名称と合格者数の推移だ。

楠隼の大学進学状況について鹿児島県内の高校で教壇に立つ複数の教員に聞いたところ、異口同音に「普通の高校のレベル」だと言う。その中の一人は、次のように話す。
「公立に限定すれば、鶴丸、甲南、鹿児島中央といったところは、遥かに上のレベル。私立にはラ・サールや樟南もあります。現在までの進学実績なら、わざわざ楠隼に行く生徒が増えるとは思えません。現に、高校から入学する生徒は減り続けており、私立なら募集停止が視野に入るような状態です。はっきり言って、いまのレベルの楠隼を特別扱いして多額の公費を投じ続けるのは、他の公立校や生徒たちからすれば明らかに不公平。男女共学にして入学者数を増やすという県の考えは、間違っているとは思えません。塩田知事の方針には大賛成。むしろ遅かったくらいです」

別の高校教師も厳しい評価だ。
「わずかに旧帝大等への進学はあるものの、はっきり申し上げて地方の公立高校とさほど変わりのない、ごくごく普通の進学実績ではないかと思います。言い過ぎかもしれませんが、21世紀のリーダーを育成すると大上段に構えて始まった学校にしては、物足りませんね。これまで多額の公金を投入し、冷暖房完備に夜間の家庭教師まで付けるという他の県立学校では考えられない待遇で、この結果……。その存在意義を疑います」

■減り続ける入学者

楠隼中学の入学者は定員60に対し最低だった令和3年度で48人。年度ごとにバラつきはあるものの、53~60人と一定レベルを保っている。しかし、楠隼中学からの持ち上がりではなく、高校から入学する生徒の数は年々減少、今年度はたったの2人だった(うち一人は二次募集で入学)。下のグラフの推移をみれば、前出の教員の話以上に深刻な事態であることが分かるだろう。

問題は、まだある。前述したように、楠隼中学の入学者が一定数いるのは確かなのだが、中学から高校へと進学する段階で、毎年何人かが楠隼高校以外に流れているのだ。その分や、もともと定員に満たない生徒数しかいない場合の穴埋めとして、高校からの入学者枠を増やして全体の帳尻(定員90)を合わせようと努力しているのだが、結果に結びついていない。今年度の入学者は全体で50人。「定員割れ」という甘い表現で片付けられる状況ではあるまい。

楠隼の前身である「高山高校」は、俳優の哀川翔さんが卒業した学校として知られる。その高山高校は、少子化の影響もあって入学者が減少。県内大隅地域における高校再編の一環として閉校が決まり、後を受ける形で誕生したのが楠隼である。そうした経緯がある以上、男女共学にしたからといって入学者が増えるとは思えない。かといって、現状のままではなお状況は悪化する。県としては、当面の策として「共学化」を打ち出す以外に道はなかったのではないだろうか。

教育政策に「費用対効果」を持ち出したくはないが、最重要課題である「教育の機会均等」を犠牲にしてまで大幅な定員割れの学校を放置するのは間違いだ。

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