参議院選挙の遊説中だった安倍晋三元首相が奈良市で銃撃を受け、この世を去ってもうじき1年。永田町では安倍元首相の「1周忌解散」が最大の注目となっている。銃撃事件のあった7月9日の日曜日に投開票という仰天プランだが、そこで動き出したのが、安倍昭恵夫人である。
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4月の衆院補選山口4区で、安倍元首相の後継となった吉田真次元下関市議が圧勝。しかし、改正公職選挙法の「10増10減」で山口県は、現在の4選挙区から1減の3選挙区となる。解散総選挙となれば、当選したばかりの吉田氏の山口4区は山口3区と合区される形となり「新山口3区」となる。
現在の山口3区の現職は、林芳正外相という大物。林外相に地元をとられたくないと、昭恵夫人が吉田氏の後援会長に就任し、その挨拶と称して自民党の「幹部詣で」を繰り返しているという。
5月31日、昭恵氏の姿は自民党本部にあった。茂木敏允幹事長に、安倍元首相の「1周忌法要」の案内と挨拶の依頼を行ったとされている。昭恵夫人と吉田衆院議員に帯同したのは、安倍派の会長代理を務める塩谷立氏と下村博文氏。昭恵氏はこの場で、「新山口3区は吉田氏に跡を継いでほしい。ぜひお願いします」と要望を出したが、茂木幹事長は「県連の意見、意向を聞いて今後は決めたい」と言うにとどまった。
4月の衆院補選が終わった後、安倍元首相の後援会は解散し、地元の事務所も引き払った。吉田氏の後援会幹部が、こう話す。
「昭恵夫人は政治から一歩引くというお話でした。しかし衆院補選では、吉田氏が勝ったものの、5万票あまりしかとれなかった。安倍元首相の時代は勝つのが当然で『10万票に届くかな』というのが焦点でしたから、まったくダメな選挙だったんです。このままでは、安倍家が築いてきた貴重な地盤が奪われかねない。そこで昭恵夫人に再考をいただき、守っていただくよう訴えを出したところ、吉田氏の後援会長就任となりました」
吉田氏の後援会といっても、実質的には、安倍元首相の後援会組織がそのまま引き継がれている。「吉田氏を応援するというより、安倍元首相の灯を消すな、林にだけは地元を譲るなということだ」と安倍系の下関市議は息巻く。
今月4日、自民党山口県連は県連大会を開催。県連会長だった岸信夫元防衛相の後任に副会長だった新谷和彦前県議を充てることを決めた。一般的に県連会長は、地元の衆議院議員や県議などの現職政治家から選出される。しかし、現職ではない引退した議員を会長に選び、発表したのだ。この点について、林外相支援の山口県議が次のように解説する。
「県連会長の最有力候補は林先生です。しかし、選挙区調整が進んでいない中で、林戦士が県連会長になると、新山口3区の候補を党本部に上申に際、不公平感が出るのではないかとの意見が出た。そこで、林先生が一歩引いた異例の人事となった」
総選挙に向け早期解散の情報が流れる中、小選挙区の支部長決定は最重要事項だ。県連大会終了後、山口県連幹部は「党本部から、県連で一定の結論を出してほしいと求められている。党本部もそれを尊重するとも言っている。急がねばならない」と話した。
この日集まった地方議員の多くから「新山口3区は林先生でしょう」との声が多く聞かれたのは事実。自民党・ベテラン地方議員の解説である。
「実力は林外相のほうが1枚も2枚も上ですよ。吉田氏が衆院補選でとった5万票ですが、1万票は公明党の票ですから、実質的には4万票ちょっとしかとれていない。これまでの山口4区は下関市さえ回っていればOKという選挙区でした。しかし新山口3区は、大幅に選挙区が広くなり、つい先日までは下関市議だった吉田氏にとっては、まったく縁もゆかりもない地域が増えます。立憲民主党は、衆院補選で吉田氏相手に善戦した有田芳生氏が再度挑戦するようですし、吉田氏が小選挙区の候補者になれば、自民党の議席自体が危うくなりかねない。ここは林先生しかないですよ」
新山口3区の支部長として林外相で地元がまとまりつつある中での昭恵夫人の逆襲。「昭恵夫人や安倍派は『吉田を選挙区で』と言いながら、本音は比例の順位だろう」と笑うのは林氏の所属する岸田派の国会議員だ。
2021年の衆院選で中国ブロックは、公明党に譲った広島3区に出馬予定だった石橋林太郎氏だけが厚遇され比例1位となった。比例単独で当選したのは他に3人。小選挙区で落選した2人も復活当選となり全部で6議席を確保したが、今回は広島県と岡山県が1減となるので、状況はより厳しくなる。
「比例順位で処遇を考えなきゃいけないのが3人も出る。さすがに多いとの声がある。公明党との関係で広島の石橋林太郎は今回も比例順位で厚遇するしかない。そんなケースがいくつもあり、吉田氏は比例順位で6番目となるかもしれない。そうなれば当落ギリギリだ。昭恵さんはそれを見越して、事前運動とけん制で党幹部をまわっているんじゃないか。いずれにせよ、新山口3区を巡る林さんと安倍家の争いが、まだまだ続くということだ」(自民党幹部)