自民党で幹事長として岸田文雄首相を支えてきた茂木敏充氏が4日午後、総裁選出馬を表明した。「これまで(の総裁選)なら、本命なのになぁ」と天を仰ぐのは、旧茂木派の議員だ。
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2021年9月の総裁選で岸田首相は、河野太郎デジタル相が有利とみられる中、1回目の投票で1票差をつけ1位となった。決選投票では河野氏に圧勝。約3年間、首相として政権を担ってきた。茂木氏は、外相、次いで幹事長として麻生太郎副総裁とともに、政権の“ど真ん中”で支えたという実績がある。その茂木氏が、8月14日に岸田首相が次期総裁選への不出馬を記者会見で語ったところから迷走を始める。
岸田首相は、木原誠二幹事長代理など側近だけに指示をして不出馬表明の原稿を用意。8月15日の終戦記念日前日という絶妙のタイミングで退任の記者会見を開いた。前出の旧茂木派議員はこう話す。
「茂木さんは、総理が総裁選出馬を断念すると聞いて飛び上がらんばかりに驚いていました。幹事長という立場にありながら、直前まで知らなかったんです。そこから迷走が始まった。麻生さんの耳にはなにかしら情報が入っていたようで、茂木派としては『うちの大将はどうなっているのか』と不信感が芽生えました」
8月19日、小林鷹之前経済安保相がトップを切って総裁選出馬を表明。石破茂元幹事長、河野太郎デジタル相が後に続いた。これまでの「派閥政治」の力学でいけば、茂木氏が岸田首相の後継として最有力候補だったはず。派閥の長で、幹事長、外相まで経験し、前回の総裁選では岸田首相を押し上げる流れを作ったという申し分ないキャリアだったからだ。しかし、今年1月、岸田首相は安倍派の裏金事件をきっかけに派閥解消を表明。自民党の派閥政治に終止符を打った。岸田首相の総裁選不出馬を受けた茂木氏は、さっそく麻生派を率いる麻生副総理と会談。しかし、その時にはすでに、岸田首相の動向を察知した河野氏が麻生氏に総裁選出馬を打診していた。
「麻生さんからは『うちには河野がいるから応援はどうかな』と難色を示された。派閥を解消した岸田首相は何もできない。旧茂木派に加え、麻生さんに話をつけて麻生派と旧岸田派に支援をしてもらい、総裁選1回目の投票で勝つつもりだった茂木さんの『俺様構想』は一気にしぼんでしまった」――前出の旧茂木派議員はそう振り返る。
茂木派の解散前勢力は50人ほど。総裁選への最低限の切符である推薦人20人の確保はごく簡単とみられていた。しかし、茂木氏の目論見はさらに狂う。同じ茂木派に所属していた加藤勝信元官房長官が、出馬に意欲を示したのだ。実現すれば、旧茂木派を挙げての支援は、余計に困難となる。これだけでも痛手なのに、茂木氏の目算はさらに狂う。
茂木派の源流は、田中角栄元首相が率いた田中派。石破元幹事長は、角栄氏に薫陶を受けた「最後の弟子」を自認する。その石破氏陣営の選対本部長代理に、現在参議院の中枢にいる青木一彦参院議員が就いたのだ。青木氏は、田中派出身で参議院自民党のドンだった故・青木幹雄元官房長官の長男。石破氏の選挙区である鳥取県の隣、島根県が地盤ということもあって今回の支援につながったのだという。青木氏も今年1月に茂木派を離れていた。
気がつけば、旧茂木派の半分ほどが離反。石破氏と加藤氏、さらには河野氏、小林氏、小泉進次郎元環境相へと支援議員が分れる状況だ。茂木氏は、完全に政局観を失っていたと言うべきだろう。
致命的なのは、国民的な人気のなさだ。総裁選は、議員票と党員票で争われる。茂木氏は、世論調査の「次期総理は?」に対し、高くても3%、低いと1%にすら満たないほどの不人気ぶり。「自民党の議員、政治家としては一定の支持があるが、首相として必要な国民的な人気がないことを気が付いていなかった。今になって急にSNSで発信したりYouTubeで動画を流しているが、もう遅い」と前出の旧茂木派議員は嘆息する。
X(旧ツイッター)で見ると、河野氏は250万人を超すフォロワーを擁しており、高市早苗経済安保相が64万人、石破氏が20万人だ。ところが、茂木氏は8万人に過ぎない。また、すでに幹事長を3年近く務めている茂木氏は、岸田首相が打ちだした「党役員連続3期、3年」という規約の規定で、これ以上幹事長の座にはとどまれない。総裁選で負ければ“無役”となる。そこで、次のような観測が流れる。
「総裁選は、自民党員と国会議員の票の合計で勝者が決まります。安倍晋三、小泉純一郎の両元総理、そして岸田現総理は、総裁選の時点で国民的な人気があったからこそ勝ち抜けた。茂木さんは、岸田総理が退任すれば、今の主流派である岸田派と麻生派、茂木派で構成する3派連合で次の総理・総裁になれると信じ切っていた。しかし、派閥政治が解消されてしまい、どの候補者も独自で推薦人や支援を広げようとしている時に、まだ派閥の論理に執着している。加藤氏が20人を確保して記者会見をするという情報を聞きつけ、なんとかその前に表明したいという思いが焦りを生んでいる。とても総裁選に勝てる見込みはありません。茂木氏は、それでも『派閥で結束』と言う。決選投票になる可能性が高いと見越した茂木さんは、勝ち馬に乗って、外相か財務相の座を射止め、次を狙うというのが本音でしょう。そうでなければ、わざわざ負ける戦をやるわけがない。推薦人20人も渋々というところじゃないですかね」(茂木派に所属していた別の自民党議員)