兵庫と鹿児島で、悪行を指摘された組織のトップが真相をねじ曲げ、告発者を悪者に仕立てて自らの潔白を主張するという異常な事態が起きた。兵庫では告発者が自殺。鹿児島でも組織の暴走に絶望した通報者が、自らの命を絶とうとした。この国の「公益通報制度」の在り方が問われている。
■兵庫 ― 公益通報者が抗議の自殺
兵庫県は今年4月、斎藤元彦知事のパワハラや「おねだり」といった7件の疑惑を告発した元西播磨県民局長を解任。定年退職を認めず、役職定年で降格させた上、停職3か月の懲戒処分を下した。知事は会見で、「職員の信用失墜、名誉棄損、法的課題がある。被害届、告訴も考えている。内容はウソ八百だ。ありもしない内容だ。県の業務上のダメージで看過できない」と発言。元局長を罵倒した。
下は、ハンターが入手した元局長作成の告発文書――【齊藤元彦兵庫県知事の違法行為等について(令和6年3月12日現在)】である。(*黒塗りはハンター編集部)
知事が「ウソ八百」と決めつけた記述内容の大半は、県職員へのアンケート調査や県議会が設置した百条委員会で事実だったことが判明。しかし、真相解明の場となる百条委員会に証人として出席予定だった元局長は、7月に抗議の自殺を遂げていた。
百条委員会は、元局長が残した陳述書や知事がワインをねだった際の音声データなどを調査対象として採用。県職員のアンケート結果や証言などもあって、知事の「ウソ八百」発言こそが“ウソ八百”であることが証明される展開となっている。
元局長が報道機関や県の公益通報窓口などに宛てた上掲の文書の記述内容が「公益通報」にあたるものだったことは明らかだ。しかし、斎藤知事は都合の悪い事実を握り潰すために元局長を犯罪者扱いし、自身の後ろ盾となっていた日本維新の会の県議らと組む形で公益通報潰しを図った。悪行を指摘された本人が、権力を濫用して正義の人を抹殺した格好。兵庫県で「公益通報制度」を踏みにじったのは、誰の目にも明らかなとおり斎藤知事である。
■鹿児島 ― 警察組織が公益通報潰し
鹿児島県警を巡る数々の疑惑を白日の下に晒したのも「公益通報」だった。通報者は本田尚志元県警生活安全部長。通報文書は今年3月末、本サイトに寄稿している北海道のジャーナリスト・小笠原淳氏に郵送された。1枚目には「闇をあばいてください。」。郵便物の記述内容は、現職の警察官が犯した3件の違法行為が隠蔽されていることを示すものだった。
巡回連絡簿から女性の個人情報を不正入手し、悪質なストーカー行為を行なっていた霧島署巡査長によるストーカー事案――。枕崎署員による盗撮事案――。そして幹部警察官による公金詐取事案――。本田氏が具体的に指摘した警官の非違事案はその3件だったが、通報文書にあった「署員によるストーカー事案2件を発生させた霧島署長」という記述が発端となり、新たな隠ぺい疑惑が浮上。別の霧島署員がクリーニング店の女性従業員にストーカー行為を行っていた事件で、被害相談初日の「苦情・相談等事案処理票」や防犯カメラ映像が消されていたことが判明する。
さらに、県議会総務警察委員会での質疑から、2021年に起きた強制性交事件で、鹿児島中央署に告訴状を提出しようとした被害者の女性を門前払い(*)にしていたことが証明されるなど、波紋が広がり続けている。(*県警は、門前払いを「受け渋り」と説明)
いずれも、警察組織による証拠隠滅や犯人隠匿の疑いが持たれる事案だが、本田氏の告発がなければ表面化していなかったことは明らか。県警の闇を暴こうとした本田元生活安全部長の行為は、公益通報以外の何ものでもない。
しかし県警は、今年4月8日に別の内部通報の関係先としてハンターの事務所を家宅捜索した際、業務用パソコンにあった警官による犯罪の隠ぺいを示す告発文書を把握。そこから本田氏を割り出した。その後、県警は野川本部長指揮の下、本田氏が指摘した「隠ぺい」を糊塗するため、5か月も放置していた盗撮事案を先に処理。「公益通報」を否定するための形を整えたのちに、本田氏を情報漏洩の犯人に仕立てて立件している。
前述した盗撮、2件のストーカー、公金詐取は警察官の犯罪行為であることから「本部長指揮」となったものだ。本田氏が勾留開示請求の法廷で明かしたように、それらの隠ぺいを指示できたのは、野川本部長以外には考えられない。
その野川本部長を逃がすことで警察組織の体面を保とうとしているのは警察庁だが、「隠ぺい」の真相を闇に葬るため自分を逮捕しに来た県警の元部下たちの姿を目の当たりにして、本田氏が絶望の淵に立たされたことは想像に難くない。
鹿児島県で「公益通報」の成立を阻止しようとしているのは野川本部長と、野川氏というキャリア警官を庇うため、なりふり構わぬ権力行使に走った警察庁である。
■上智大・奥山教授の話
公益通報制度に詳しく、兵庫県議会の百条委員会でも意見陳述を行った上智大学の奥山俊宏教授は、兵庫と鹿児島で起きている事態について次のように話す。
兵庫県庁の内部告発と鹿児島県警の内部告発には共通点があります。
60歳まで勤め上げて、組織の最高幹部へと上り詰めた人が、組織トップの不正を明らかにする文書をジャーナリストに送る内部告発に、この3月に踏み切ったところがその第一。
ところが、組織の管理者によってそれを把握されてしまい、組織の規律に反したと決めつけられて不利益に扱われ、自殺を図るところにまで追い詰められたところがその第二。
公益通報者保護法が制定されて20年となる日本ですが、内部告発を自浄に生かすことのできる組織はまだ少なく、社会のためになる内部告発をした人への報復があとを絶たない現状があります。
ただし、兵庫県と鹿児島県には違いがあります。兵庫県では県議会が地方自治法100条の調査権限を発動して百条委員会を設け、内部告発の内容や違法な報復の経緯について解明しようとしています。おそらくそこからは多くの教訓を得ることができ、制度改正への道筋を見いだすことにつなげられるかもしれず、兵庫県議会の行動は日本全体にとって有意義です。他方、鹿児島県では、そのような動きが見当たりません。
なぜこのような事態が現代日本で起きるのでしょうか。知る権利の基盤となる公共情報の自由な流通を少しでも豊かにするために、兵庫県と鹿児島県でこの春に起きたことを真剣にとらえ、教訓を学びたいと思います。
■問われる公益通報制度の意義
奥山教授の指摘は正しい。兵庫では、組織の中核にいた元西播磨県民局長が県知事のパワハラや“おねだり”を訴えるため内部告発に踏み切り、鹿児島ではやはり序列2位ともいえる県警生活安全部長を務めた本田氏が、本部長による隠ぺい指示を暴こうとした。二人とも、正義感から組織トップの不正を正そうとして逆に反撃を食らい、公益通報制度を無視した不当な権力行使によって追い詰められたという構図だ。
また、奥山教授が言う通り、疑惑と向き合う「県議会」の対応は兵庫と鹿児島でまったく違うものになっている。
兵庫県では県議会が百条委員会で疑惑解明に努めた結果、全議員が知事に辞職を申し入れるという状況になった。しかし、鹿児島県議会では自民党会派が百条委の設置に反対しており、強制力を持った質疑は遠のく一方だ。「公益通報」を否定する県警のシナリオに沿って動いた自民党鹿児島県議団は、“女性の敵”になる道を選んだことになる。野川本部長の指示で隠ぺいや証拠隠滅が行われたとみられる事件の被害者は、すべて女性なのだ。
もう一つ相違点がある。兵庫県で問題になった前掲の告発文書に出てくる人物や法人はすべて実名表記。だが、告発した元西播磨県民局長は「守秘義務違反」に問われていない。懲戒処分の理由は、「誹謗中傷」ということになっている。他方、本田元生活安全部長を情報漏洩の疑いで逮捕した鹿児島県警は、逮捕理由を、事件化を望まなかったストーカー事件の被害女性の名前を告発文書に記したからだと説明している。兵庫ではたくさんの実名を記して咎められず、鹿児島では一人の名前だけで逮捕――。なんとしても公益通報を否定したい鹿児島県警の思惑に乗った、検察や裁判所の見識も問われるべきである。
そもそも、内部告発を受け取った側が、個人名を黒塗りにしたり、事案の詳細を伏せるなどした文書やデータを信用するだろうか?少なくとも、ハンターは信憑性を疑ってかかる。正確かつ詳細な告発でなければ、取材や調査の対象にはなるまい。
「公益通報者保護法」という法律が制定されたのは、内部通報者の行為や告発内容が事実なら、別の法やルールを逸脱する行為であったとても守らなければならないと解されているからだ。告発の内容に捜査情報や個人情報が含まれているという理由だけで告発者を逮捕したり処分したりすれば、法が規定した公益通報制度は成り立たない。
兵庫ではすでに告発内容の多くが議会で証明されているし、鹿児島でも、本田元生活安全部長の告発文書によって県警の主張にいくつもの疑義が生じている。兵庫と鹿児島の2件の告発が、「公益通報」であることの証左だろう。告発対象となった知事や県警本部長といった組織のトップが、内部通報者を罪に問うようなマネを許してはいけない。
(中願寺純則)