現職の陸上自衛官が国を訴えた損害賠償請求裁判の口頭弁論が札幌で始まった。原告の自衛官は、所属部隊のパワーハラスメント問題を自衛隊の担当窓口に通報したことで不利益な取り扱いを受けたという。通報は匿名で行なっていたが、その内容が所属部隊に筒抜けとなり、当時の上官から「通報はテロ行為」「ただでは済まさない」などと謝罪を求められたり、不本意な異動を仄めかされたりしたとの主張。被告の国は9月上旬の初弁論でこれらの事実をおおむね認めつつ、損害賠償の金額などについて争う姿勢を見せた。
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本年6月20日付で札幌地方裁判所へ訴えを起こしたのは、北海道内に勤務する50歳代の男性自衛官。訴状などによると、男性が2022年春まで所属していた道内の部隊では日常的に上官によるパワーハラスメントが行なわれ、複数の同僚が理不尽な指導に畏縮したり心療内科の受診を余儀なくされるなどの深刻な被害に遭っていた。状況を改善する必要があると考えた男性は現在の部隊に異動する前の21年4月、陸上自衛隊のパワハラ相談窓口に匿名で通報。すると窓口は翌月、相談者を特定できる状態で所属部隊に事実確認を行なった。部隊の上官らは「必ず通報者を特定して処罰を加える」「通報というテロ行為をする者は許すわけにいかない」などと公言、男性に“自白”を強要したほか、少なくとも3人の幹部(いずれも1等陸佐)が「威力業務妨害で訴える」「どういうつもりだ」「反逆行為だ」「処分する」「謝罪せよ」などと迫ったという。
提訴後初めての口頭弁論が設けられた9月9日午後には、札幌地裁(吉川昌寛裁判長)の法廷で意見陳述に立った男性がこう証言した。
「陸上自衛隊のパワハラ相談室、防衛省パワハラ相談室、北部方面総監部、陸幕監察室、公益通報窓口へと通報しましたが、高級幹部が関わっているためか、まともに対応してくれない、またはまともな聴き取りもせず加害者側の回答を優先し『そのようなことはなかった』としたのでした」
組織に揉み消しをはかられた男性がそこで告白を断念せず、国家賠償請求裁判の提起に踏み切ったのは、陸自の性暴力を実名告発した元自衛官・五ノ井里奈さんの事案に通じる深刻さを北海道のパワハラ事案にも感じたためという。男性は、五ノ井さんの告発を機に行なわれた「特別防衛監察」にもパワハラ問題を申告したが、ここでもハラスメントが「なかったこと」にされ、訴訟を起こさざるを得なくなったわけだ。なお原告代理人らによると、この特別防衛監察に寄せられた申し出は414件に留まっている(全隊員数の0.6%)。被害申告が少ない理由を、代理人の佐藤博文弁護士(札幌弁護士会)はこう説明する。
「申告するとブーメランのように自分に返ってきて、加害者側である上官や上司から『お前、チクったな』と、いっそうのハラスメントや人間関係の悪化を招くことが眼に見えているからです。かような実態をなくさない限り、自衛隊員は声を上げられず、ハラスメントはなくならないのです」
まさしく、今回の原告男性のケースでも相談窓口が機能せず、通報の事実が加害者側へあっさり漏れてしまった。被告の国は今回、窓口が通報内容を部隊に伝えた経緯については事実と認めたが、それが必ずしも通報者の特定に繋がるわけではないとの理屈で国賠法上の違法を否定。一方、男性が指摘する上官らの暴言や不利益な取り扱いについては多くの事実関係を認め、国賠法上の責任を負うとしている。その上で、原告が提示した損害賠償の金額(220万円)については争う考えを示した。
被告が自ら加害事実の大部分を認める異例の展開。国側は早期の和解を考えている可能性があるが、原告男性と代理人らは「ならば訴訟になる前に対応すべきだった」「市ヶ谷(本省)は北部方面だけに責任を負わせようとしているのでは」などと指摘し、裁判については「(和解ではなく)判決を得たい」と話している。
パワハラ被害を受けた自衛官が現職のまま国を訴えた裁判。9月の初弁論の意見陳述を、原告男性は次のように締め括っている。
「間違ってもこのようなでたらめな違法・不当行為はまともな公務ではありません。真面目に勤務している隊員に失礼です。日々、自衛隊内でのハラスメントのニュースが報道されています。真面目に勤務している隊員が救われ、自衛隊がハラスメントのない職場、何かあったら気軽に相談・通報できる職場になることを願っています」
次回弁論は11月18日午後、札幌地裁で開かれる。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |