今年後半の話題をさらった「年収103万円の壁」問題。衆議院議員選挙における与党の「過半数割れ」を受け壁の撤廃を迫った国民民主党だったが、玉木雄一郎代表が不倫スキャンダルで職務停止。自公との3党協議に臨んだ国民民主の古川元久税調会長は、「向こうが全然やる気がない。国民民主党が考えるような数字になる可能性はないと判断せざるを得ない」として席を立った。与党側が提示した新たな壁は123万円で、国民民主が求める178万円には程遠い数字だった。協議が継続される道は残ったものの、国民民主が握ったキャスティングボートが日本維新の会に奪われる可能性さえ出てきた。
◆ ◆ ◆
一度は協議を蹴った国民民主党は「ゆ党」らしく、すぐに3党協議継続の意向を示す。同党には協議を続けるしか道がないというのだ。
「最初に高めの178万円でボールを投げないと、自公の123万円になってしまう。そこからどう自民党の譲歩を引き出すかだ。3党協議を辞めてしまうと、今のポジションを維新に取られてしまう。維新が教育無償化で割って入ったことで、あわてて協議継続を表明するしかなかった」――国民民主党の幹部はそう舞台裏を明かす。
ここに来て存在感を示したのが、吉村洋文代表、前原誠司共同代表へと人事を一新した日本維新の会だ。「高校の所得制限なしの無償化を予算編成の中に入れてほしい」「そこに本気で向き合ってもらえるか見極める」と述べていた前原氏。結局、来年度予算編成大綱案の中の「教育無償化」の原案には、「教育無償化を求める声があることも念頭」という言葉が盛り込まれた。
「過半数割れ与党にとって、国民民主党や維新の協力なくして予算成立はない。予算編成大綱案に教育無償化が盛り込まれたことで、本予算への賛成もありうる」――ある維新の国会議員は嬉しそうにそう話す。
しかし、維新の大失敗は記憶に新しい。今年5月、馬場伸幸代表(当時)は、調査研究広報滞在費(旧文書通信交通滞在費)の改革を巡り岸田文雄首相(当時)との会談で「使途公開と残金返納を義務付ける立法措置を講じる」という合意文書にサイン。しかし、約束はあっさり反故にされた。
馬場氏は「騙された」と怒りを露にしたが、時すでに遅し。当時の馬場執行部は対応の甘さを厳しく批判され、執行部交代の一因となった。痛い経験をした党内からは、懸念の声が上がる。
「合意書に日付もいれず、あいまいなままにして『総理との約束だから大丈夫』とした馬場氏ら執行部が功を焦って、見事に自民党に騙された。まさに赤っ恥だった。それが衆議院選挙の大敗にも影響した。今回も政治とカネの問題や予算編成、成立を控えているので、また最初に調子のいいことを言われて喜んでいるだけではないか」
◆ ◆ ◆
実は維新も、内情は複雑だという。吉村知事は代表就任後、これまで2度否決された「大阪都構想」の検討チームを発足させた。これまでの看板だった「身を切る改革」では選挙に勝てなくなったからだ。維新の国会議員がこう話す。
「先祖返りのように大阪都構想を言い出すしかなかった。そこへ、ちょうど政局で103万円の壁がきた。大阪都構想は、いくら大声で叫んでも大阪だけの話で全国展開にはならない。教育無償化なら全国区。103万円をダシにして、自公政権に絡んでいきたいのが本音。維新の中で前原共同代表は、大阪組と国政組のどちらからも浮いている。早く実績を上げたいと前のめりになった。あわよくば、政権入りを狙っているのだろう」
馬場氏は、調査研究広報滞在費(旧文書通信交通滞在費)に関する合意を行った時、自民党から「政権入り」をチラつかされ有頂天になったと永田町では囁かれていた。そうした状況を経て代表になった吉村知事は、就任時の記者会見で「永田町政治に染まらない、ぶっ壊す」と宣言。自民党との対決姿勢を鮮明にしたはずだったが、教育無償化で、あっという間にすり寄った形だ。
負けじと国民民主党も自民党との共同歩調を狙う。ある自民党幹部は、「こちらの思うツボだ」として笑顔さえ見せ、次のように語る。
「国民民主党の178万円をそのまま飲んだら、自公政権はなんでも言うことを聞くと舐められる。国民民主が3党協議から外れれば123万円も実現しないわけで、絶対についてくると読んで、低めの数字にした。そこに維新を教育無償化で誘って、横やりを入れさせれば、国民民主はますます慌てる。こうやって国民民主党と維新を天秤にかけている状態だ。うまくやれば、国民民主と維新、両方を釣りあげることができる。1月から予定される通常国会では、本予算の編成、成立が最大の焦点。国民民主と維新のどちらも賛成となれば、自公に国、維の連立もありうる。いずれマスコミはそう騒ぎ出す。どちらの党も閣僚ポストがちらつきだすと、そわそわし出すだろう」
政権を揺さぶっているようで、実は踊らされている格好の国民民主と維新。したたかさでは、石破自民党が上回っている。