「今年の政治日程で言えば、野党の内閣不信任案、解散総選挙そして参議院選挙。不信任案と解散がなければ、最大の山場になるのが参議院選挙だ。ここで負ければ石破首相は終えんを迎える。自民党と公明党で参議院における過半数を維持できるかが焦点。それともう一つ、野党が全体的に低調な中で、新たな政治勢力が台頭するかだ」――そう話すのはある自民党の大臣経験者。彼が参議院選挙で最も注目される選挙区にあげたのが兵庫県である。
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3月24日、神戸市で記者会見したのは前明石市長でテレビのコメンテーターとして知られる泉房穂氏。夏の参議院選挙に兵庫県選挙区からの立候補をすることを表明した。
「無所属で立候補します」「魅力的な政党がない」「去年の衆議院選挙、民意は自民党の政権じゃなかった。それでより国民は苦しくなっている。それでも永田町の政治は変わらない」と冒頭20分間にわたり、大演説を展開した。
泉氏は2023年に明石市長を3期で退任した際「政治家は引退、選挙には出ません。今後は、シナリオを描いて裏方にまわる」と宣言していたが、「永田町の政治を見ていて、コメンテーターでいろいろと厳しく言ってきた。だが、誰もやってくれない、自分でやるしかないと決めた。前言撤回します」と述べている。
これまで、兵庫県選挙区の定数3は、自民党、公明党、日本維新の会が占めてきた。昨年11月、斎藤元彦知事が再選された兵庫県知事選挙に参議院議員だった清水貴之氏が立候補、落選したため現職は2人。今回は、自民党が加田裕之氏、公明党は高橋光男氏、維新は清水氏が出馬の構えを見せている。
2013年の参議院選挙以来、旧民主党系の立憲民主党と国民民主党は議席を確保できていない。そこへ、泉氏の殴り込みで、情勢は混とんとしてきた。
議員として目立つ存在ではないが、4期務めた県議時代からの強固な後援会組織を持ち「最強」ともささやかれているのが加田氏。だが、前回の選挙では公明と票を奪い合い、維新、公明に次ぐ3番目での当選だった。
「加田さんの支持者はいろんな意味で強いのですが、横の広がりに欠ける。自民党、石破政権の不人気にプラスして知名度ある泉さんの登場で無党派層の票が流れてしまう可能性は否定できない。定数3の兵庫で、自民党が議席を失えばその瞬間に石破首相の責任問題となることは必至です。それほど泉さんの出馬は脅威だ」と加田氏の有力後援者は危機感を露わにする。
6年前の選挙では人気の高い安倍晋三首相(当時)が日曜日の午後に神戸入りし、加田氏のためにマイクを握った。その30分後、同じ神戸の繁華街で安倍元首相は公明党の高橋氏の応援演説を行うという異例の日程だった。
高橋氏には二階俊博元幹事長という大きなバックがあった。その二階氏は公明党と近かった。わざわざ大阪のホテルに高橋氏を呼びつけ、観光業界、建設業界などを集めた集会を開催したほどだ。その結果、自民党系の業界団体の票が上乗せされ、高橋氏は2位で当選した。公明党の地方議員は、「安倍元総理が加田さんと同じ日に高橋の応援に入るという日程も、二階さんがいたからこそ実現した。しかし、安倍元総理も二階さんも表舞台からは消えた。今度は、強力な応援団など期待できない」と話す。
2022年の参議院選挙と24年に行われた衆議院選挙の比例票から見れば、公明党の兵庫県内における基礎票は30万票前後。参議院選挙の当選ラインは45万票から50万票弱とみられる。前出の公明党地方議員は次のように分析する。
「高橋の前回の得票が約50万票、前回22年の公明党候補は45万票。公明党の票だけでは勝てない。与党の支持率低迷に加えて参戦を表明した泉さんの圧勝説が流れる中で、高橋を当選ライン乗せるのは厳しい」
知事選で斎藤知事が獲得した111万票からはるかに引き離された25万票あまるりと3位に沈んだ維新の清水氏。6年前の参議院選挙では57万票あまりの得票でトップ当選だった。しかし維新はかつて支持していた斎藤兵庫知事の内部告発問題の影響で、県内での人気が凋落の一途。おひざ元の大阪府でも万博の不人気や不祥事続きで低迷する。ある維新の県議が現状をぼやく。
「兵庫県の維新はもともと浮動票頼みです。清水さんが候補となったのも、元民放のアナウンサーだったという知名度があったから。維新が狙う層の票を泉氏が奪ってしまう可能性がある。知事選での清水さんは、6年前に参議院選挙でとった57万票の半分もとれなかった。斎藤知事の関連では、立花孝志にうちの(維新の)県議が県の内部情報を提供したことがバレてしまい、よけいにマイナスイメージが広がっている。今のままではとても当選圏内には入れない」
下馬評の高い泉氏だが「暴言」でも有名だ。SNSではさっそく「(国民民主党の玉木雄一郎代表から)共同代表と、衆院選の出馬を打診されました」「自公与党との連立を前提にした話で、私のスタンスは与党の延命ではなく、新しい政治ですので打診をお断りした次第」と国民民主党が自公連立に参戦するという「密談」の中身を暴露。玉木氏から「日頃、国民民主党を内外から支えてくださっている方々を困惑させかねない非常に失礼なものであり、大変残念に思います」と反論された泉氏は、投稿を削除して「玉木雄一郎代表、誠に申し訳ありませんでした。私の配慮の欠けた対応により、多大なるご迷惑をおかけしたことにつき、心からお詫び申し上げます」と謝罪する騒ぎとなっている。
「魅力的な政党がない」という発言はさらに反発を招いており、泉氏支援で動いていた国民民主は独自候補擁立へと転換する見通しだ。
問題ばかりの泉氏だが、そのキャッチコピーは「使えるカネを増やす」「減税」という国民目線の内容。「増税路線」の自民党とはかけ離れており、大衆には受け入れられやすい。「泉は下り坂になると真っ逆さまだが、上り調子の時はすさまじい破壊力を発揮する。最後は泉が圧勝するだろう。そこで自民党が議席を落とせば大変なことになる。泉らの新しい勢力が出てきて参議院でも過半数割れとなれば、日本新党やさきがけが台頭して自民党が政権を失った時代と似てくる」(自民党幹部)
炎上を繰り返す“泉劇場”でに再び騒がしくなりそうな兵庫選挙区が、永田町にどう影響を与えるか?