刑務所や拘置所などの刑事施設で、外部の面会人が日用品や軽食・嗜好品などの差し入れ物品を購入する窓口の休止が相継いでいる。筆者が拠点とする北海道では本年3月末までに道内の全刑務所(拘置施設等の支所を含む)が取り扱いを終え、面会人は書籍や雑誌、現金など以外の差し入れができなくなった。支援団体などからは受刑者や未決拘禁者の権利の縮小を憂う声が上がっているが、もとの運用に戻る可能性はあまりなさそうだ。
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刑事施設では、接見交通(受刑者などとのやり取り)を認められた人たちが被収容者に差し入れをするための販売窓口が設けられていた。取り扱っていたのは下着やタオル、石鹸などの消耗品や文房具、郵便切手類、化粧品といった日用品。差し入れしたい人が窓口で購入の手続きをすると、早ければその翌日には被収容者のもとへ品物が届く仕組みだった。裁判の判決が決まる前の「未決拘禁者」の場合はこれらに加え、お菓子や飲み物、軽食、果物などの食料品も同じ手続きで差し入れることができた。こうした物品は、施設から提供・貸与される物と区別し、「自弁物品」と呼ばれる。
この自弁物品の購買窓口が、昨年から相継いで縮小する事態が起きている。筆者の地元・北海道では昨年2月に網走刑務所が窓口を休止したのを皮切りに、同年内だけでも月形刑務所、帯広刑務所、及び函館少年刑務所がその後を追い、本年3月末に札幌刑務所と旭川刑務所が窓口を閉じたことで、道内の全施設から面会人用の購買窓口が姿を消すことになった。北海道外の施設については未確認だが、事情は推して知るべし。窓口を運営しているのは法務省が契約する民間業者で、その業者が全国一律に自弁物品販売事業を担っているためだ。
上に挙げた日用品などの差し入れについては、今後は現金の差し入れで対応することになるという。つまり、差し入れを受けた被収容者がそのお金で改めて核施設へ日用品の購入を申し込む、という形に運用が変わったわけだ。これに「今後は長いタイムラグが生まれることになる」と指摘するのは、昨年まで道内の拘置施設で過ごしていた札幌市の男性(60歳代)。自弁物品購入には「願箋」(施設への申し込み書)の提出が必要で、塀の中ではその手続きが認められる機会が限定されているという。
「私がいた拘置所では、願箋を貰える日が週に3日だけで、それを提出できる日も週に3日。申し込んだ物品が届く日も同様で、要は3パターンのローテーションで回っていました。なので、願箋を貰ってから実際に品物を手にするまで1週間ほどのタイムラグができるんです。今回の運用変更で外から現金を差し入れて貰う対応になると、さらに時間がかかることになりますね」
加えて、被収容者の心情として「面会人が差し入れてくれた物を受け取るありがたみ」が薄れてしまうことにもなるという。
唐突な運用変更は、何に由来するのか。結論を言うと、今回の窓口休止は各施設の判断ではなく受託業者の都合によるものだった。窓口の運営が国の直営(正しくは公益財団法人 矯正協会の運営)から民間委託に変わったきっかけは、旧民主党政権時代の「事業仕分け」。これにより法務省が5年ごとに業者を公募することになったが、結果的に2011年以来の計3期にわたって同じ業者=東京都の給食事業大手・エームサービス=がその事業を引き受け続けることとなった。今期の契約期間は来年3月までだが、1年を残して窓口を閉鎖してしまった理由は定かでなく、同社は筆者の取材に「回答を差し控えさせていただきます」とするのみ。ただ、現場の矯正関係者からこんな声が聴かれる。
「窓口の維持が難しくなったんだと思います。契約は全国津々浦々の施設に及ぶので、周囲に何もないような僻地にも窓口を設置して人を派遣しなければならない。それだけで大変な経費になると思います」
儲けが出にくい上、さらに「顧客」の激減という問題もある。全国の刑事施設の被収容者数は2011年2月には7万2000人を超えていたが、14年後の本年2月の速報値は4万人あまりにまで落ち込んでおり、これが再び増加に転じる兆しはない。
もともと自弁物品を扱っていた矯正協会は事業から離れて久しく、もはや「業界」復帰が覚束ない状況。本年4月初旬時点の取材にも「当協会の事業として行なうことは考えておりません」との答えが返された。
法務省矯正局では現在、来年4月以降(第4期)の業者の公募を公告中(→リンク)。今回からは参入の要件を変更し、契約業者は必ずしも窓口に職員を置かなくてもよいこととした。昨年から相継ぐ運用変更は、いわばこの変更を先取りしたような形だ。
公募申し込みは4月4日に締め切られたが、この時点で手を挙げた業者が何社に上るのか、矯正局は「現時点ではお答えできない」とする。来春以降もつつがなく事業が継続できることになるのかどうか、あきらかになるのは公募期間が完了する9月上旬まで待たねばならない。
札幌で受刑者・出所者支援を続ける男性(48)は「今回の販売終了は非常に残念」と歎息、「郵便や交通などの社会インフラのように『黒字にならなくても税金でやっていくべき事業』はある。あの『仕分け』は大きな問題だった」と話している。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |