現職の自衛官が職場のパワーハラスメントを告発した裁判で、被告の国が異例の「訴訟告知」に踏み切っていたことがわかった。訴訟告知は裁判の当事者が別の関係者に訴訟参加を促す手続きで、今回その対象となったのは原告男性の元上官にあたる男性2人。1人は陸上自衛隊北部方面混成団(千歳市)の団長を、もう1人は同じく副団長を務めていた。2人はそれぞれの職に就いていた2021年、匿名でパワハラを通報した原告の男性を通報者として特定するよう当時の隊長らに指示したとされる。国側はこの“犯人捜し”が行なわれた事実を否定しておらず、今回の裁判で損害賠償を命じる判決が言い渡された場合、犯人捜しに関与した元上官らに賠償責任を負わせることになる可能性が高い。
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裁判は昨年6月、北海道内に勤務する50歳代の男性自衛官が提起した。男性は前述のパワハラ通報を「テロ行為」扱いされるなど幹部自衛官から暴言や不利益な取り扱いを受け、それらの被害への慰藉料などの支払いを国に求めている。昨年9月に札幌地方裁判所(吉川昌寛裁判長)で始まった口頭弁論では、被告の国側が指摘される被害の多くを認めつつ、損害賠償の金額について争う姿勢を見せているところだ(既報)。
本年5月12日に設けられた4回目の弁論であきらかになったのが、被告による訴訟告知(4月11日付)。原告代理人の佐藤博文弁護士(札幌)は、弁論後の報告集会でこう解説した。
「欧州などでは公務員の個人責任が明確にされますが、日本では不法行為の賠償責任を負うのは飽くまで国で、関与した職員個人が責任を負わされることはほとんどありません。今回のような裁判で賠償が命じられた場合、国は関与職員に『求償』できることになっていますが、実際に個人へ賠償を求めたケースは非常に少ない。今回のように国が元職員に裁判への合流を促す訴訟告知は異例のことで、この種の裁判では初めてではないかと思います」
原告側は国の判断を高く評価しつつ、一方で前回弁論までの求釈明(説明の要求)に国側がほとんど答えていない対応を厳しく批判、改めて詳しい説明を求めるとしている。原告男性のハラスメント通報について、国は匿名投書の原文や内部調査のアンケートをことごとく廃棄したとしているが、廃棄の理由などを問う求釈明に「回答の要を認めない」などとし、いわゆるゼロ回答を決め込んでいるのだ。また当初は奏功しなかった原告男性の告発だが、訴訟提起があきらかになった後の再調査で一転、パワハラ被害などが認められる結果となった。この再調査時の資料についての求釈明にも、国はやはり明答を拒んでいる。
現職自衛官のまま問題を追及し続ける原告の男性は、改めて組織の早急な正常化を訴える。
「自衛隊のハラスメントの隠蔽体質は、五ノ井さんの事件以降も口先だけでなんら変わっていないのでしょうか。私に報復をした上司たちは、私が異動した際の人事資料に私に関するあることないことを書き、印象操作という報復までしました。部隊長を含む幹部自衛官たちが自らの保身でやったことで、とんでもありません。信じていた自衛隊という組織に裏切られ、報復され、嘘までつかれた私の精神的苦痛は、はかり知れないです」
今回の訴訟告知を受けた元上官たちが裁判に合流するかどうかはあきらかでないが、国が彼らへ「求償」する権利を持っている以上、2人とも参加することになる可能性が高い。次回弁論は7月7日午後、札幌地裁で開かれる。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |