北海道の元警察官による依存症回復支援活動に賛同の輪が広がりつつある。札幌・ススキノの飲食店ではオリジナルコーヒーの売り上げの一部を活動への寄附にあてており、ゆくゆくはコーヒー専門店を展開して賛同者を増やしていく考え。依存症当事者や家族の集まりの重要性を知る元警察官は「こうした活動は理解ある人たちのバックアップがあってこそ」と、力強い援軍の登場に意を強くしている。
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一昨年6月に発足した「北海道依存症者を抱える家族の会」の代表を務めるのは、元北海道警察警部の稲葉圭昭さん(72)。いわゆる「稲葉事件」で警察の組織的な違法捜査に巻き込まれ、その渦中で自らも薬物依存の当事者となった。経験者の立場で「依存症者や家族は悩みを抱え込まず支え合うことが必要」と実感する稲葉さんは、5年前に取得した依存症予防教育アドバイザー( ⇒こちら)の資格を活かし、当事者や家族らと語り合う場を設け続けている。
「当事者や家族にしてみれば外で人と会って話すというのはなかなかのハードルで、一歩踏み出すのも大変なこと。なんとか勇気を出して欲しいところなんですが…」
そんな稲葉さんの思いに共感し、札幌・ススキノの飲食店が支援目的のメニューを考案したのは本年6月のこと。稲葉さんに惚れ込む店主が切り盛りする居酒屋「はまのだいどころ」で、その名もズバリ「稲葉珈琲」と名づけたコーヒーを1杯税込み500円で提供し始めた。特製のマグカップに注がれるコーヒーは、稲葉さんお気に入りの喫茶店から仕入れた豆で淹れたもの。売り上げの5%が家族会に寄附される仕組みで、今のところ週に数人がコーヒー目当てに来店しているという。

カップのイラスト――愛猫を抱きながらコーヒーを手にする稲葉さんの絵は、従業員の母親が手がけた。カップは1個税込み2000円で頒布中で、これを買い求めに訪れる人もいるという。

現在はメニューの1つに盛り込んでいる段階だが、ゆくゆくはコーヒー専門店を構えて豆の販売なども始める考え。担当者の飯島大結さん(17)は喫茶店めぐりが趣味といい、近い将来任されることになる稲葉珈琲専門店は「できれば札幌中心部で、小さくても常連さんに愛されるような店」を思い描いているところだ。

一方、現在コーヒーを提供している居酒屋の代表・飯島誠一さん(58)=大結さんの父=は来年1月にも日中の店舗スペースを利用して障碍者のB型就労支援事業所を開設する計画で、施設での昼食に合わせて稲葉珈琲を提供していく考えがあるという。
稲葉さんとの出会いは四半世紀ほど前のことで、その後の生き方も含めて共感するところが多いといい、北海道の依存症家族会が加盟する全国薬物依存症者家族会連合会(やっかれん)の年会費負担を買って出ている。今回の寄附メニュー考案も「何か手伝いたい」との思いが嵩じてのことだった。
「稲葉さんの生き方、一生懸命さに惹かれるんです。大変な時でも決して困った顔をしない。いろいろ苦労や葛藤があるのにそれを表に出さない。普通の人はなかなかできないことですよ」
支援の申し出を受けた稲葉さんは、率直に「非常にありがたい」と話す。
「何事も自分の力だけでは成し遂げられません。つねづねバックアップしてくれる人がいないかと思っていたところへ、彼がアイデアを持ってきてくれた。B型事業所の展開も素晴らしいと思い、協力してもらうことにしました。寄附だけでなく、こういうことがきっかけになって依存症の問題に関心を寄せる人や一歩を踏み出す当事者・家族が増えてくれたらと思っています。家族会の活動は、集まって話し合うだけでも意義がある。世間体から解放された場で、溜め込んでいたものを吐き出すだけでも救いになるんです」
依存症支援活動は今や、伝説の元警部のライフワークになったようだ(※ 家族会では薬物、アルコール、ギャンブル、ゲームなどの依存症回復を支援。相談や問い合わせなどは、フリーダイヤル 0120-838-178 へ)。
(小笠原淳)
| 【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |















