被害続出の中、ヒグマ駆除の現場で余儀なくされた「丸腰警戒」|上告から1年、猟銃所持許可取り消し訴訟に進展なし
本サイトでたびたび報告してきた、ヒグマ駆除をめぐる猟銃所持許可取り消し処分の是非を問う裁判。札幌地裁での実質全面勝訴判決を控訴審で覆された原告の男性は昨年10月、最高裁の判断を仰ぐべく上告に踏み切った。それから1年が過ぎる本年11月上旬時点で裁判所の決定は伝わらないまま。この間、男性の地元の北海道・砂川を含む全国各地でクマの食害や人身被害が急増、目撃情報や事故のニュースが連日メディアを賑わせる中、ベテランハンターの手にはまだ銃が戻らず、現場では丸腰の対応を余儀なくされている。
■善意のハンターから猟銃を取り上げた道警と公安委員会
砂川市の「鳥獣被害対策実施隊員」としてヒグマの目撃現場などに臨場し続けているのは、北海道猟友会砂川支部長の池上治男さん(76)。本サイトのみならず大手メディアも折に触れて報じている通り、全国各地の猟友会関係者の耳目を集める裁判の当事者だ。
2018年8月、池上さんは市の要請でヒグマ出没現場へ赴き、数日前から目撃されていたという個体1頭を駆除した。ターゲットが子グマだったため一度は駆除を断ったが、市職員や住民から「撃って欲しい」と強く懇願され、立ち会った警察官もこれに異を唱えなかったため、駆除を決断。現場にあった高さ約8メートルの土手を背にクマが立ち上がった瞬間を狙ってライフル銃を発砲し、1発でクマを仕留めた。同行した協猟者の男性が至近距離から「止め刺し」の1発を撃ち、駆除は無事に終了、近隣住民に安心が戻った。
北海道警察砂川警察署(現在は滝川署に統合)が池上さんを任意聴取したのは、この駆除から2カ月が過ぎた10月上旬。同署生活安全課は「建物のほうへ向かって撃った」なる容疑で捜査を進め、池上さんの所有する猟銃4挺と所持許可証を押収することになる。
先述のように現場には8メートルの土手があり、発砲行為はこれがバックストップ(弾止め)になる位置関係で行なわれていた。警察の言う「建物のほうへ」なる見方は現場の高低差を無視した平面図の位置関係に基づくもので、およそ公正とは言い難い。加えて、ほかならぬ池上さん自身が発砲に抑制的で、当初は「撃つ必要はない」と市や警察に進言していたのは前述の通り。銃による駆除に踏み切ったのは、飽くまで自治体や地域の強い要望を受けてのことだった。
なお、この時の発砲行為で「跳弾」が起きたとの珍説が一部のインターネット記事などでまことしやかに語られているが、そのような事実を裏づける証拠は一切確認できていない。この説は当時の駆除で「止め刺し」を担った協猟者の男性による「池上さんの銃弾が跳弾して自分の銃の銃床が壊された」という主張が発端となったもので、すでに裁判所を含めた複数の関係機関がこの言い分の不自然さを指摘している。
ライフル弾は、巨大なヒグマを1撃で倒すほどの威力。その弾で破損した銃で止め刺しが撃てるとは考えにくく、そもそも跳弾した筈の銃弾は現場から見つからないまま。被害を訴える男性自身、動かぬ証拠である筈の銃床を筆者など第三者に見せることを頑なに拒んでおり、誰もその現物を確認できていない。何よりも池上さんを法令違反に問うた旧砂川署が、捜査の初動段階で男性の主張を退けている。容疑は飽くまで「建物のほうへ」なるストーリーに基づくものだった。
その砂川署は19年2月、鳥獣保護法違反、銃刀法違反、及び火薬取締法違反で池上さんを書類送検する。だが問題の駆除行為を違法と判断したのは、結果的に警察のみだった。地元の滝川区検察庁は事件の不起訴処分を決定、狩猟免許を扱う北海道も駆除行為に違法性はなかったとして狩猟免許を取り消さないことを決め、砂川市も池上さんへの鳥獣対策隊員委嘱を継続した。

■無罪判決無視した道警と公安委
こうした判断にもかかわらず、なおも法令違反にこだわる砂川署は池上さんの銃所持許可の取り消しを警察本部に上申する暴挙に出る。結果、北海道公安委員会がその年4月にあっさり取り消し処分を決定。検察や自治体が不問に付した駆除行為で、警察・公安委だけがこれに抵抗すべく、地域の安心・安全を担うハンターから銃を奪い続けることになっている。
それから6年あまりが過ぎ、銃は今も池上さんの手元に戻っていない。先の処分を不服とした池上さんが同処分の撤回を求めて公安委を訴える裁判を起こしたのは、20年5月のこと。裁判官自らが駆除現場の検証に赴くなど積極的な証拠調べが重ねられた結果、一審の札幌地方裁判所(廣瀬孝裁判長=当時、以下同)は21年12月、池上さんの主張を全面的に認めて銃所持許可取り消し処分の撤回を命じる判決を言い渡す。当時の駆除行為に違法性はなく、立ち会った関係者らもそれを認識しており、協猟者の言うような跳弾の事実も存在しない――。明快な判決理由には、次のような文言さえ加えられた。
《仮に原告の本件発射行為が鳥獣保護法に違反し、もって銃刀法に違反したものと判断する余地があるとしても、これを理由に本件ライフル銃の所持許可を取り消すというのは、もはや社会通念に照らし著しく妥当性を欠くというべきであって、裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用したものと言わざるを得ない》
万々が一、当時の駆除行為に違法性があったとしても、銃所持許可を取り消すのは適当でないという判断。自治体関係者らはこれで現場に安心が戻ると胸を撫で下ろし、地元のハンターは一審判決を「完璧」と評した。
■猟銃返らず! 札幌高裁が不当判決
ところがこれに完敗した公安委が控訴に及んだことで、風向きが変わる。二審・札幌高裁(佐久間健吉裁判長)は地裁と同様に現場検証などを重ね、しかしながら一審判決とは正反対の結論を捻り出した。跳弾説が亡霊のように息を吹き返し、旧砂川署の言い分が復活して「建物へ到達するおそれ」が認められる結果となったのだ。身も蓋もない逆転判決に、一審原告の池上さんは「結論ありきとしか思えない」と指摘、示された判決理由には「ライフル弾がピンポン球のようにあちこちへ跳ね飛ぶ? 理解を超越している」と頭を抱えた。
言い渡し直後の昨年10月、池上さんは上告。当初から代理人を引き受けていた中村憲昭弁護士(札幌)に加え、事件に関心を持つ北海道外の弁護士2人が合流し、最高裁へ上告趣意書を提出したのが同12月下旬のこと。明けて本年1月に受理の確認連絡が届いたが、それ以降の進捗は完全に薮の中。最高裁でどういう議論が進んでいるのかがまったく不明のまま、申し立てから1年以上が過ぎることとなった。
繰り返すが、銃はいまだに戻ってこない。もはやいうまでもなく、今シーズンは北海道のみならず全国各地でクマの被害が相継ぐ「異常事態」となり、11月中旬の今なお収束の兆しが見えてこない。無論のこと池上さんの地元・砂川市も例外ではなく、本年のヒグマ目撃情報は早々に3桁を突破、10月までに200件を上回った(痕跡の目撃を含む)。同じく箱罠での捕獲数は15頭を超え、過去最高となる見通し。北海道が同市一円に発出していたヒグマ注意報は延長に次ぐ延長で4カ月間の長きにわたった。
この間、鳥獣保護法の改定で9月に解禁された「緊急銃猟」が耳目を集め、市町村の判断で市街地での発砲が行なわれたニュースが各地から届くことになったが、砂川市ではそもそもハンターが引き金を引けない状態が続いており、「緊急」どころか銃による猟そのものができていない。鳥獣対策隊員の池上さんは連日、丸腰で目撃現場に臨場して関係機関への指導・助言にあたっており、目撃が相継ぐ地区では先述の箱罠で対応する日々だ。活動は隣接する歌志内市や上砂川町からも引き合いがあり、上砂川町では数年ぶりに箱罠設置に踏み切った。町内に据わる箱罠には北海道の『許可証』が掲示されており、そのすぐ下にやはり北海道知事による罠猟の『従事者証』。従事者の氏名は「池上治男」だ。

箱罠を仕掛ける行為は「罠猟」にあたり、狩猟免許を持たない人がみだりに罠を設置することは認められない。つまり、北海道や市町村の職員ではなく、資格を持った専門家が設置にあたらなければならない。そういうわけで自治体としての北海道は池上さんというベテランハンターに罠猟を担わせているわけだが、その北海道は先述の通り、一審で完敗を喫した銃所持許可訴訟の判決を不服として控訴に及ぶ暴挙に出ている。いわば現場を守る“恩人”から銃を奪い続け、同時に現場の対応を任せ続けているのだ。冗談にもならないダブルスタンダードに、当事者の池上さんは「本来なら最高裁の決定を待たずに公安委が自主的に銃を返してくるべき」と訴える。
「今回の裁判でわかったのは、日本の裁判官の中には初歩的な物理や数学の素養のない人たちが普通にいるということ。札幌高裁のような杜撰な事実認定がまかり通るなら、誰も銃による駆除を引き受けなくなりますよ。狩猟免許があれば誰でもヒグマを撃てるかといったら、そんなことはない。ただでさえ担い手が少ない中、現場を萎縮させるような判断をしていたら、結果的に国民の安心・安全を毀損することになります」

■増え過ぎたヒグマに警鐘
今シーズンの異常事態については「クマの数が増え過ぎた」との見方を示す。
「『春グマ駆除』中止などの結果、絶対数が増え過ぎたんです。だから本質的な対策は、人間の手で個体数を適正な数に調整することしかない。しかも早急に手を打たないと、今後もどんどん人里に下りてきますよ。こちらに出てきてから駆除する『対症療法』を続けるよりは、どこかの時点で山の個体数を減らす決断をしないと」
そう語る熟練ハンター・池上さんは、裁判が始まったころから予言めいた警告を繰り返していた。
「私は常々、もはや札幌中心部の大通公園に出てもおかしくない状況だと言っています」
残念ながら、予言は急速に現実に近づきつつある。おりしも札幌・中央区の住宅街では11月上旬から足跡などの目撃情報が相継ぎ、円山公園に出没していた個体が駆除されたことが報じられたばかり。余談ながら、駆除個体とみられるヒグマの足跡は先の中村弁護士の自宅の目と鼻の先、距離にして80メートルほどの路上でも見つかっていた。事態を受け「早急に手を打たないと」と池上さんは語気を強める。
「ヒグマの絶対数を調整して、山全体を普通の状態に戻すべきです。山で生きられずに里へ下りてきたヒグマは、人間が攻撃してこないとわかると安心して歩き回るようになり、多産になる。そうなると次のシーズンはもっとひどくなる。早く手を打たないと間に合わなくなりますよ」
下の動画はクマが人間の目の前で「土饅頭(獲物を土に隠す行為)」を作る珍しい光景(2025年10月19日撮影)
ビニールハウスに侵入するヒグマも(2025年10月22日撮影)
熟練ハンターが銃を手放さざるを得なくなってから、すでに7年あまり。もう一度繰り返すが、異常事態を迎えてなお、4挺の猟銃はまだ持ち主のもとへ戻ってこない。
(小笠原淳)
| 【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |















