先月16日、沖縄県名護市辺野古沖で海上基地建設に反対する市民団体「ヘリ基地反対協議会」のボート2隻が相次いで転覆した。乗船していたのは、研修旅行中だった同志社国際高校(京都府)の生徒18人。最初に金井創さんが船長を務める「不屈」が転覆。その救助に向かった「平和丸」も転覆し、金井さんと平和丸に乗っていた女子生徒の一人が死亡した。
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「いつかこんなことになりかねないと感じていた。それがよりによって研修旅行生が乗ったタイミングで起こるとは……。本当に悲しい。早く危険性を指摘すべきだった」と悔やむのは、協議会の関係者A氏だ。
同氏も以前は協議会の活動に参加し、操船などにも関与したことがあったが、今は距離を取ってたまに活動参加する程度だという。
同志社国際高校の研修旅行当日、定員13人の平和丸は12人、定員10人の不屈は9人と、ギリギリの人数を乗船させ出航した。
A氏は不屈の構造について次のように明かす。
「定員に近い状態で出航するということは、水面に水没する部分が深くなり、船の底が海底に近くなる。喫水が深いといわれる状態になり、岩礁にぶつかったりする危険性が高くなる。またキャビンが高くて操作性に難があり、内海を航行するには不向きだ。以前は船長が2人体制でやっていたが、最近ではやるような人が減ってしまい、船長と補助という組み合わせだった」
つまり、安全性に問題があったということだ。
A氏は、船長の操船の“腕”や法律面での懸念にも言及する。
「協議会の関係者で不屈を操船できるのは、金井さんを含めて3、4人しかいない。平和丸は主力船と呼ばれており、共産党幹部が辺野古に来た時にも使用している。ただ、不屈も含めて、人や荷物を運ぶ海上運送法に基づく事業登録はしていない。普段から2隻は漁港に無断で停泊していた。事故後に海上保安庁が捜索に入った辺野古のテントで安全確認をした後に出航していたが、たいてい金井さんの判断任せ。事故当時波浪注意報が出ていたけど、金井さんが『大丈夫』と言えばそれまで。出航するか否かの客観的な基準はない。そんな船に、辺野古の工事に抗議する協議会のメンバーならまだしも、外からのお客様――われわれは海案内と呼んでいるが――しかも高校生を乗せるなんて非常識だ。ある意味、協議会の無責任な対応やコンプライアンスの欠如が事故を招いたと思う」
ちなみに事故当日、海上保安庁は2隻に対し波浪注意報が出ていると注意喚起していたが、救助に向かった同庁の巡視船搭載艇も、現場海域に入ったところで転覆。それほど波が荒い状況だった。不屈と平和丸の出航決断には疑問符がつく。
金井さんを知る移設工事反対派住民の一人は、こう話す。
「金井さんは牧師で、普段はおだやかな人柄。しかし、車に乗ったら一般道を100キロを超える猛スピードで走ったり、船でも海上で強引にスピードをあげたりするところがあった。防衛局が設置している立ち入り禁止区域を示すブイを乗り越えて、海上保安庁とトラブルになることもよくあった。金井さんは、『乗り越えるくらいやらねば』という考えだったんです。そういうところも、事故につながったのかもしれない」
研修に同行していた同志社国際高校の教師は、乗船せずに陸から見ているだけだった。船の使用料として、協議会のメンバー3人に5,000円ずつ合計15,000円を支払っていたことも分かっており、同校側の責任は重いと言わざるを得ない。
安全性に問題がある協議会の船にカネまで支払い、波浪注意報が発令されている中での出航。関係者の無責任さに、研修に参加した生徒の保護者が怒りを爆発させる。
「先生たちはいったい何をしていたのか。注意報が出ていた上に、船にもさまざまな問題があったことが報道されている。実際にニュースで映し出されている船は、とても高校生が研修旅行で使用するようなものじゃない。貧弱過ぎる。なぜ、学校や先生たちは海上からの辺野古視察にこだわったのか?また以前の研修旅行では、辺野古で反対の座り込みまでさせたと聞いた。学校側は、子どもたちを基地建設反対に利用したかっただけじゃないのか!」
学校が保護者に配布した研修旅行の案内の「3日目」には、次のように記述がある。
《主たる目的は「きれいな海を見る」ことではなく、基地建設と、それに反対する人が対峙する「現場」を見ることです。そんなコースだと思わなかったという人は変更を認めます》
基地反対を前提にした学校側の教育姿勢には、疑念を抱かざるを得ない。
亡くなった女子生徒の家族は《辺野古ボート転覆事故遺族メモ》というタイトルの投稿をインターネットで発信。そこには、協議会や学校への不信感が綴られていた。
《欠落していた安全管理と「放任」》
《教育現場において、特定の政治的立場に偏った、あるいはそう誤解されかねない活動を教師主導で行うことは、教育基本法の理念に反する問題です。 今回、実際の抗議活動や政治活動を目的としたわけではありませんが、●●が乗ったのは「抗議船」と認識されている小型ボートでした。定員ぎりぎりの生徒を乗せ、海上保安庁の船が監視する中、抗議活動の場を通り抜ける――。それを第三者がどう見るかは、火を見るより明らかです》
事故後の対応に批判が高まっていた協議会は、4月2日になってようやく《辺野古沖での船舶転覆事故に対する謝罪と対応について》という謝罪文をホームページ上に掲載。《平和を学び、命の尊さを知るための活動の場で、あろうことか私たちがその尊い命を守りきれなかったことに対し、深く重い責任を感じております》などと述べている。
一刻も早い原因の究明と再発防止策が求められる。















