笑撃!「噴飯もの」北海道警ヤジ訴訟提出動画を一挙公開

2019年7月に札幌市で起きた首相演説ヤジ排除事件で、2人の排除被害者が北海道警察を訴えた国家賠償請求訴訟の控訴審が12月22日、札幌高裁(大竹優子裁判長)で初弁論を迎えた。排除に関与した警察官1人の尋問が行なわれたほか、控訴人の道警が新たに証拠提出した多数の映像の存在が明らかになり、弁論後の報告集会ではその荒唐無稽な内容に訴訟支援者らから大きな笑いが起こることとなった。

■つきまとい女性警官「ウィン・ウィン」の滑稽

本サイトや北方ジャーナルで報じてきた通り、ヤジ排除事件の国賠訴訟が提起されたのは19年12月のこと。「安倍やめろ」「増税反対」などと叫んで安倍晋三元首相の演説現場から排除された札幌市の大杉雅栄さん(34)と桃井希生さん(27)の2人が、排除行為は言論・表現の自由侵害にあたるとして道警に損害賠償を求めたものだ。被告の道警は排除の根拠として警察官職務執行法を引き合いに出し、当時の演説現場が「危険な状態」にあったため同法に基づいて大杉さんらを避難させ(同4条)、あるいは制止した(同5条)と主張し続けたが、その「危険な状態」を裏づける客観的な証拠を示そうとせず、匿名の「ヤフーコメント」を証拠提出するなどで原告らをしばしば呆れさせた。

こうした立証活動が奏功することはなく、道警の主張をことごとく一蹴した一審の札幌地裁(廣瀬孝裁判長)は22年3月、警察官らによる表現の自由侵害を認めて道警側に計88万円の賠償を命じる判決を言い渡す。完敗を喫した道警は直ちに控訴。これにより争いは上級審に持ち込まれ、札幌高裁で非公開の進行協議期日が続いていたところだった。

控訴審初弁論では、女性警察官1人の証人尋問が行なわれた。証言に立ったのは「増税反対」と叫んだ桃井さんの行動を制限し、約1時間半にわたってつきまとい続けた警察官の1人。道警側代理人による主尋問では何度も「(桃井さんは)激しく暴れていた」「大声で叫んでいた」「安倍総理に固執していた」などと発言し、道警の主張する「危険な状態」を強調し続けた。

その警察官が“自爆”といえる発言を残したのは、一審原告側代理人による反対尋問が終盤にさしかかったころのこと。

――桃井さんが「自民党反対」「安倍やめろ」とか「増税反対」などの発言を聴衆の近くですることによって、トラブルが生じると思ったんですか?
女性警察官:はい、そうです。

――そうすると、桃井さんの想定される発言内容がその場にふさわしくないという考えだったわけですか?
女性警察官:……うーん、……その場にふさわしくないって……

――つまり、聴衆とのトラブルを引き起こしかねない内容だったと?
女性警察官:……そう、ですね。あとはあの、止めた警察官にまた暴れたりとかして、ぶつかったとか、そういうことがあったら困るなあと思ったんですよね。

――桃井さんの発言が大声だったということではなくて、内容が自民党支持者の聴衆を刺激する内容だったから追従したんですよね?
女性警察官:うーん……。そう、……そうですね。はい。

現職の公安警察官が「発言内容によって行動を規制した」事実を認めてしまった瞬間だった。さらにこの後、事件当時に自ら口にした発言について問われた警察官は、次のような意味不明の弁明を繰り出すことになる。

――あなたは、桃井さんに「大声を出さないように」と求めた発言の流れで「ウィン・ウィンの関係になりたい」と発言しています。この「ウィン・ウィン」っていうのは、双方に利益がある関係という意味ですよね?
女性警察官:…ええと、たぶん会話の前後で私が話してると思うんですけど、……そのなんか、ありますか、『ウィン・ウィン』って言った場面とか?

――いや、記憶でけっこうですよ。「ウィン・ウィン」って言った記憶はありますよね?
女性警察官:はい、はい、あります。

――桃井さんに「大声を出さないで欲しい」とあなたがお願いしている場面で「ウィン・ウィン」と発言してます。
女性警察官:あ、そうです。はい。

――だから、あなたにとってのウィンと桃井さんにとってのウィン、両方に利益がないと成り立たない会話だと思うんだけど、双方の利益とは何ですか、という質問です。
女性警察官:あ、私のウィンじゃないんですけど、彼女のウィンはあの、私たちについてこないで欲しいとかいろいろあると思うんですけど、たぶんその前段で『周りの人がちゃんと安全に演説とかを聴ける自由も守ってあげたいよ』というような話をたぶんしてると思うんですよね。それと彼女のウィンとで、ウィン・ウィンっていう。……親しみを込めて、若い人の間で流行ってた言葉だから、ちょっと近づこうと思って、そういう言い方をしたんです。

反対尋問を担当した小野寺信勝弁護士(札幌弁護士会)は、同日午後の報告集会で次のような率直な感想を述べている。
「正直、ちょっとよくわからない。今日の彼女の尋問を聴いて『排除もやむなし』と思った方は、おそらくいないと思います」

■架空事件動画を税金で制作

今回の控訴にあたり、道警はこの警察官を含む複数の証人を申請したほか、一審では採用を求めなかった新たな証拠を提出することになった。その多くを占めていたのが、独自に制作した映像の数々。具体的には、排除当日に“起きていたかもしれない出来事”を再現した映像作品だ。つまり道警は「もしもヤジの主を排除していなかったらこんな危険なことが起きていた」という主張を補強するため、架空の危険な出来事を映像化して裁判に提出していたのだ。

たとえば、下の〈動画1〉は、大杉雅栄さんが選挙カーに向かってボールなどを投げつける様子を“再現”した映像。繰り返すが、実際にはこのような事件は起きておらず、当時の大杉さんは飽くまでヤジを飛ばしたのみ。

〈動画1〉

さらに次の〈動画2〉では大杉さんが警察官の制止を振り切って選挙カーの屋根に上ろうとする場面が、また〈動画3〉では同じく候補者名の書かれた垂れ幕を取り去る場面が再現されている。撮影場所は、札幌市南区の道警機動隊庁舎前。当時の警察官や大杉さんなどを演じているのは警備部門の現職警察官たちだ。

〈動画2〉

〈動画3〉

これら“架空の事件”は以上の3種を含めて全8パターン“創造”され、1パターンにつき3カ所のアングルから各場面が撮影されることになった(ボールなどを投げる様子を選挙カー側から撮った下の〈動画4〉や、車に上る大杉さんを別角度から撮った〈動画5〉など参照)。

〈動画4〉

〈動画5〉

いうまでもなく、これらすべては税金を使って撮影されたもので、各登場人物を演じる警察官たちの人件費ももちろん税金由来だ。

初弁論後の報告集会で映像の一部を視聴した支援者らはこれを「噴飯もの」と評し、当事者の大杉さんも次のように皮肉ることになった。
「ぼくは本当に『道警ってどこまでギャグセンスが高いんだ』と思ったんです。道警は、一審でヤフーコメントを証拠提出するっていう信じがたいことをして我々に大きな笑いをもたらしてくれたんですけど『二審はそこまで面白くないのかなあ』と思ったら、あの再現動画が出てきて……」

一連の映像は、大杉さんが論じる通り笑い飛ばしておくのが正しい見方なのかもしれない。だが控訴後に提出された映像は、必ずしもこのような馬鹿馬鹿しいものばかりではなかった。

すでに述べた通り、道警は排除当時の演説現場が「危険な状態」にあったと主張し続けている。だが札幌地裁の国賠一審では、これを客観的に裏づける証拠が提出されていなかった。今回の控訴審では、これが初めて陽の目を見ることとなる。道警が排除当日に撮影していた自前の映像が、ようやく公開されたのだ。

道警はなぜ、今になって新たな映像の存在をあきらかにしたのか。それを語るにはまず、問題の映像を実際に観てもらう必要がある。

 

この動画は、JR札幌駅前で演説する安倍氏に大杉さんがヤジを飛ばす様子を、選挙カー側から捉えた映像。開始から7秒ほどが過ぎた後、ある事件が起こる。画面右端でスマートフォンの自撮り棒を持っている男が、左手で2回、大杉さんの身体を強く押す行為に及ぶのだ。道警の主張によれば、この男は当時の参議院議員候補・高橋はるみ前北海道知事の選対事務所関係者で、当日は安倍氏らの演説を動画撮影してフェイスブックで生配信していたところだったという。

道警がこれを証拠提出した理由は、繰り返しになるが、現場が「危険な状態」にあったことを示すため。ここでは、選対事務所の男と大杉さんとの間でトラブルが起きそうになっていたと主張したいようだ。実際、男はすでに暴力を振るっており、そういう意味では一定の「危険」があったといえる。

だがそれならば、排除すべきは暴行の被害を受けた大杉さんではなく、暴力をふるった男のほうではないのか。万が一暴行の瞬間が確認できなかったとしても、2人の間に割って入るなどの対応もできた筈だ。ところが映像からわかる通り、現場の警察官たちは男の暴力行為には眼もくれず、問答無用で被害者の大杉さんに掴みかかり、現場から離れたところへ引っ張っているのだ。

察しのよい読者ならば、これで道警が映像を封印し続けてきた理由がわかるだろう。暴行の公訴時効は3年。排除事件が起きたのは19年7月で、仮に先の男の行為が罪に問われる可能性があったとしても、22年7月には丸3年の節目を迎えることになっていた。つまり道警は、あきらかな暴力事件の時効成立を待って当時の封印映像を解禁し、その映像を臆面もなく自らの裁判に証拠提出してきたわけだ。

これだけで充分に驚くべき立証活動だが、同じ趣旨で提出された映像はもう一つある。

 

この動画は、演説現場から排除された大杉さんが遠くの選挙カーに向かって「安倍やめろ」と叫び続ける場面を捉えたもの。画面右端に写る黒上着の短髪の男が、その大杉さんを睨みつけながら「選挙妨害やめろ」と怒鳴っているのがわかる。ほどなく、画面中央にいる女性がスマートフォンを高く掲げ、男を撮影しようと試みるのだが、それに気づいた男はどうしたか。女性の正面に回り込み、スマホを持つ手をねじり上げる暴力行為に及ぶのだ。

ここでも警察官らは大杉さんのみに眼を向け、男の暴力を不問に付している。はからずもこの動画により暴力行為が裏づけられることになったわけだが、暴力の主は今後も決して罪に問われることがない。警察からなんら咎めを受けないまま、すでに3年が過ぎてしまったからだ。

一審原告の桃井希生さんは「道警は一審で敗けたヤバさを感じていないのか」と首を傾げる。

「再現動画にしても30人ぐらい出ているやつがあって、その費用も税金ですし、こんな人たちが私たちの命とか自由を奪う権利を持っているって…。裁判で道警が何か主張するたびに、ちょっとずつ社会の信頼を失っているなあと思います」

排除事件後から3年半を過ぎてなお続く国賠訴訟は、今年3月7日の第2回弁論で終結し、年度明けにも二審判決に到る見込みだ。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。
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