北海道立江差高等看護学院のパワーハラスメント問題で4月末、在学生の自殺事案で遺族に謝罪した北海道が、謝罪の真意をあきらかにする文書回答を遺族代理人に送っていたことがわかった。同文書ではハラスメントと自殺との相当因果関係を認定した第三者調査の結果を一部ふまえながら、ハラスメントの事実などを認めつつ一連の被害の自殺への影響には言及しておらず、事実上道が先の因果関係を認めていないことを示すものとなった。ちょうど1年前に担当局長らの謝罪を受けた遺族代理人は「騙されていた思い」と、憤りをあらわにしている。
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4月30日午前に配達証明郵便で道からの回答を受け取ったのは、江差看護学院在学中の2019年9月に自殺した男子学生(当時22)の遺族の代理人を務める植松直弁護士(函館弁護士会)。文書は4月4日に同弁護士が道へ宛てた要望文への回答で、昨年5月に道の担当者が遺族らに直接頭を下げて謝罪したことの意味を説明するものだった。4月26日付で作成されたというその回答の全文を、下に引いておく。(*以下、「ア」はハラスメント該当性のこと。「イ」は自死への影響のこと)
《昨年5月15日に行った北海道の謝罪については、当日も説明がありましたとおり、第三者調査委員会「調査書」第4の1、第6の1(2)ア、同(5)ア、同(7)ア、同(8)ア及び第7の1(2)において、複数の教員によるハラスメントが確認されるとともに、本学院の学生をふるい落とすような教育方針や管理監督責任を有する北海道にも問題があるとされたところであり、本学院の設置者である北海道として調査結果を重く受け止め、ご遺族に対して、深くお詫びを申し上げたものです》
当時の謝罪は、自殺問題を調査した第三者委員会の報告を「重く受け止め」た結果だったという。回答文では同委の「調査書」に記録された6つの事実への言及があるが、具体的にはそれぞれ次のようなものだ(要約)。
「第4の1」…学院の教育方針が学生をふるい落とすようなものだった。
「第6の1(2)ア」…副学院長によるパワーハラスメントがあった。
「第6の1(5)ア」…実習担当教員によるパワーハラスメントがあった。
「第6の1(7)ア」…別の実習担当教員によるパワーハラスメントがあった。
「第6の1(8)ア」…また別の担当教員によるパワーハラスメントがあった。
「第7の1(2)」…学院全体として学生を尊重しておらず、北海道も管理者としての職責を果たしてこなかった。
上のうち「第4」と「第7」はハラスメント全体への評価、残る「第6」の4点は具体的な被害事実への評価であることがわかる。第三者報告を受けた道はそれらを認めた上で謝罪に臨んだようだが、ここで重要なのは示された事実への言及がすべて「ア」に留まっている点。実際の調査書ではこれに続いて「イ」という項目が設けられており、そこには各ハラスメントが被害学生の自殺に与えた影響が綴られているのだ。それぞれ原文を引用すると、以下のようになる。
「第6の1(2)イ」…自死に至る過程で大きな要因となった可能性がある。
「第6の1(5)イ」…自死に大きな影響を与えていたものと認められる。
「第6の1(7)イ」…自死に影響を与えたものと認められる。
「第6の1(8)イ」…自死に影響を与えた可能性は大きい。
今回の回答書で、道はこれら「イ」には一切触れることなく、ただ先の「ア」のみを引き合いに出して謝罪の真意を説明した。自殺とハラスメントとの因果関係には敢えて言及しなかった、つまり事実上これらを否定した、とみるべきだろう。謝罪から1年が過ぎて初めて明文化されたのは、公金を投じた第三者調査の結果に背を向ける道の姿勢だった。
「何のための調査だったのか」と植松弁護士は声を荒らげる。
「去年の5月に謝罪を受けた時の局長・課長のお詫びの言葉と、あきらかにニュアンスが違っています。こちらとしては当然、第三者調査の結果を全面的に受けての謝罪だと思ったからこそ、お詫びを受け入れました。自死との関連性を明確に認めた調査結果を1年後の今になって否定されるとは、完全に道に騙された気分です。ご遺族には連休明けにも詳細を報告することになりますが、当然同じように受け止めるのではないかと思います」
回答を受けての対応は、今後改めて検討することになるという。看護学院問題を担当する道の医務薬務課は、この件での筆者の取材に「示談交渉中につきコメントは差し控えたい」としている。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |