鹿児島県警が守ろうとしてきたのは、性被害を訴えてきた女性ではなく、「警察一家」の都合だった。
新型コロナウイルス感染者の療養施設で、鹿児島県医師会(池田琢哉会長)の男性職員(昨年10月末で退職。以下、「男性職員」)が女性スタッフに対し強制性交の疑いが持たれる行為に及んで告訴された問題で、告訴状を受理した鹿児島県警鹿児島中央警察署の警察官だった男性職員の父親が定年退職後も再任用され、事件捜査が始まった後も、同署の警察官として今年3月まで勤務していたことが分かった。加害者とされる男性職員を事件送致(送検)した場合、その父親が現職に留まることはまず困難。男性職員の別の身内も県警の職員だといい、「警察一家」特有の庇い合い体質が、事件捜査と送検を遅らせた可能性が高い。
■事件の経緯
今年3月、参議院予算委員会で鹿児島県医師会の男性職員による強制性交疑惑が取り上げられた。質問したのは立憲民主党の塩村あやか参議院議員。塩村氏は、鹿児島で性被害を訴えている女性が「合意はなかった」と主張して刑事告訴しているにもかかわらず、県医師会が「複数回の性交渉があったから強制性交ではない」などと強弁していることを問題視。さらに、鹿児島県警が当初、女性の告訴状を受け取らず門前払いにしたことも明かし、国の見解を求めていた。
この質疑で、性被害の訴えがあった場合の対応について問われた警察庁刑事局長は、「要件が整っていればこれを受理し、速やかに捜査を遂げて検察庁に送付する」とした上で、「被害者の立場に立って対応すべきで、その際は、警察が被害届の受理を渋っているのではないかと受け取られることのないよう、被害者の心情に沿って対応するよう指導している」と答弁。鹿児島の事案についても把握しているとしていたが、実際の県警の捜査は刑事告訴から1年以上経っても終わっておらず、送検が大幅に遅れる状態となっていた。
事件が起きたのは2021年の秋。当時新型コロナの療養施設で調整役を担っていた鹿児島県医師会の男性職員が、療養施設に派遣されていた女性に何度も強制性交が疑われる行為に及び、22年1月に「合意はなかった」とする女性が鹿児島県警鹿児島中央署に訴え出た。
応対した同署強行犯係の「マエゾノ」と名乗る女性警察官は、「自分も性被害にあったことがある。それをなくすために警察官になった」などと話を合わせながら、終始一貫して訴えの受理を拒絶。「防犯カメラなどの証拠がない」、「(訴えると)精神的にも労力的にも大変。あなたが望む結果にはならない」などと言い募り、「検事が判断する材料がない」として門前払いしていた。
数日後、女性の代理人弁護士が鹿児島中央署に強く申し入れを行ったことで告訴状は受理されたが、1年4カ月たったいまも事件送致されておらず、警察組織ぐるみの“もみ消し”が疑われていた。そうみられてもおかしくない背景があったからだ。
■もみ消し疑惑の背景 ―「警察一家」
県医師会の池田会長は、被害を訴えている女性が門前払いされた約1カ月後の令和4年2月10日、新型コロナ対策を所管するくらし県保健福祉部を訪問。「強姦といえるのか、疑問」「強制的であったのかどうか」などと男性職員を庇う形で一方的に女性を攻撃し、事件を起こした男性職員が“元警官”の父親と共に警察に相談した際の県警側の見立てが、「刑事事件には該当しない」だったという趣旨の話をしていた。
また、同年2月22日に開かれた県医師会郡市医師会長連絡協議会では、大西浩之常任理事(現・副会長)が本件について「男性職員はですね。両親に報告し、両親も協力するということで弁護士の紹介を受けて、戦おうということで、警察に数回相談に行き、証拠を提出しております。その際は、まあ、ちょっとこれは分かりませんけれども、暴行と恐喝で負けることはないよと、訴えられても、と言われたというんですけれども、まあ、これはちょっと、流してください」と説明、医師会の最高幹部二人が、刑事事件にはならないとの見解を示していた。
医師会側が強気の姿勢に出ていたのは、男性職員と鹿児島中央署に相談したという「父親」が警察関係者だったからに他ならない。事件発覚当時から、男性職員の父親が鹿児島中央署の交通課に勤務していた警察官だったことが関係者の間で知られていたため、「刑事事件には該当しない」という確たる証拠もない主張が、医師会幹部の共通認識になっていた。ハンターの記者がうかつだったのは、県への情報公開請求で入手した文書や周辺取材などから、男性職員の父親が退職した「元警官」だと信じ込んでいたことだ。
そうしたなか、遅々として進まぬ事件の捜査。国会で警察庁刑事局長が「速やかに捜査を遂げて検察庁に送付する」と明言したにもかかわらず、強制性交事件の送検が遅れているのは何故か?その理由が分かったのは、ハンターが今年3月になって別の取材で会った鹿児島市の医療関係者が何気なく発した、ある一言によるものだった。
「ハンターさんが書いていた医師会職員の名前は●●でしょう?その親父、元警官ではなくて、いまも現職ですよね」――驚いた記者が確認に走ったところ、男性職員の父親は確かに再任用されて鹿児島中央署で勤務しており。退職したのは今年3月末だった。
つまり、強制性交に及んだとして訴えられた男性職員の父親が、告訴状を受理して捜査を行ってきた鹿児島中央署に、現職の警察官として籍を置いていたということ。あってはならない人事配置が、告訴状受理後も継続していた。
署内で息子の捜査が行われるのを、事件が表面化する前に無罪主張した父親の警官が黙ってみていたとは思えない。捜査に口をはさんだ可能性は否定できまい。また、男性職員の父親が現職警官である以上、捜査情報が署内の捜査員から父親に、父親から息子の男性職員に、さらには最終的に医師会幹部にまで伝わっていたのではないかとの疑いも生じる。
そうでなかったとしても、同僚の息子が“犯人”になるかもしれない事件。警察が送検を迫られながらも二の足を踏む状況に陥っていたことは想像に難くない。
県警が、被害を訴える人を守るという当然の義務感を持ち合わせていたなら、父親の再任用を打ち切るか、せめて異動させるなど事件捜査の最前線から引き離すべきだったろう。だが、再任用はずるずると今年3月まで続けられていた。
性被害にあって苦しみ続けている女性をそっちのけに「警察一家」の都合が優先され、捜査や送検を遅らせて、男性職員の任期が終わるのを待った格好だ。テレビドラマや映画に出てくる“腐った組織”の姿がだぶる。
■問われる県医師会・池田会長の責任
県医師会の池田琢哉会長らが、記者会見まで開いて「合意の上での性行為」という非常識な主張を展開できたのは、訴えられた男性職員の側に「警察」が与してくれると考えたからではなかったのか。男性職員の父親が現職警官であるなら、なおさらだったろう。県医師会と県警がグルになって、性被害を闇に葬ろうとした疑いさえある。
鹿児島県警による一連の対応は、国会で警察庁刑事局長が述べた「(性)被害者の立場に立って対応すべきで、その際は、警察が被害届の受理を渋っているのではないかと受け取られることのないよう、被害者の心情に沿って対応するよう指導している」とは真逆の姿勢。「要件が整っていればこれを受理し、速やかに捜査を遂げて検察庁に送付する」も、絵空事だ。
その後の調べで、分かったことがもう一つある。問題の男性職員の身内には、父親の他にも県警の職員がいるというのだ。つまり、男性職員の身内の二人が警察関係者――。「警察一家」という言葉に嫌悪感を覚える。
いずれにせよ、男性職員の父親は県警を退職しており、送検へのハードルが下がったのは事実。本稿執筆時の5月13日時点では確認できていないが、鹿児島県警は近く、県医師会の元男性職員を「強制性交」の疑いがあるとして事件送致に踏み切るはずだ。その時、池田医師会会長や同会顧問の新倉哲朗弁護士(和田久法律事務所)が会見などで女性の人権を無視し、「合意に基づく性行為だった」と繰り返した責任が厳しく問われることになる。