先月27日、国民民主党の代表代行・大塚耕平参議院議員が記者会見し、2025年春に行われる予定の名古屋市長選について「出馬に前向き」と述べ、事実上の出馬表明を行った。
現職の河村たかし市長が任期2年を残しているタイミングでの宣戦布告。どのような背景があるのか取材した。
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衆議院議員を5期務めた後、名古屋市長に転身して4期14年。河村市長は選挙に圧倒的な強さを誇ってきた。先の統一地方選でも、自ら立ち上げた地域政党「減税日本」で擁立した17人のうち14人が当選、これまでの9議席から5議席も伸ばしている。最大会派の自民党は20人なので、そこに迫る勢いだ。
「河村市長に引導を渡せるか、あるいはコントロールができる人物を送り込みたい、というトヨタの思惑が背景にあるのではないか」と話すのは、愛知県幹部だ。
河村市長は2009年4月の名古屋市長選に初当選。のちに当時の愛知県と対立した。2011年には当時衆議院議員だった大村秀章氏を知事選に擁立し、自らもいったん市長を辞任して再出馬。愛知県知事、名古屋市長のダブル選挙を仕掛けて勝利した。
市長選で圧勝を続ける一方、今度は大村氏と意見が合わずに対立。愛知県と名古屋市で訴訟合戦を展開するなどまったく歩み寄る気配はない。
大村氏は、2期目から知事選出馬時に除名された自民党に秋波を送り、共産党を除くオール与党体制を組み当選を重ねるようになる。収まりがつきそうもない河村市長VS大村知事の構図に、眉をひそめていつのがトヨタだという。
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2021年に行われた総選挙の公示直前。国民民主党の古本伸一郎氏が、現職でありながら突然出馬をとりやめた。トヨタ自動車の社員で、組織内候補だった古本氏はその時点で6回連続当選を果たしていたベテラン。あまりに急な出馬取りやめは、永田町を驚愕させた。不出馬の理由については、トヨタ自動車の豊田章男社長(当時)が絡んでいるのではないか、との噂があった。
豊田氏は今年の年頭記者会見で、自らは会長となり、後任に佐藤恒治社長をあてる人事を発表した。ハンターの取材に答えたトヨタ自動車の元役員は、次のように打ち明ける。
「野党がまったくダメなので、古本氏をおろして自民党にすり寄ろうとした。豊田氏はこれまで政治的発言をしてこなかったが、実は非常に詳しい。今後、政治的な動きをしていくために古本氏をおろした。議員を辞めさせられた古本氏はトヨタ自動車の総務・人事部本部付主査となり、現在は愛知県副知事。当然、トヨタの威光と意向が背景にあっての人事だ。そこで、次期知事選には古本氏、名古屋市長選には大塚氏という絵図を豊田氏は描いているんじゃないか。政治的な動きをするには、社長というポストは重荷なので会長にまわったということだろう」――実現すれば、トヨタで愛知県知事と名古屋市長をとる形となる。
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河村市長は「4期で市長は終わりだ」と発言しているが、今年2月に4期目の当選を果たしたばかり大村知事は4年後について沈黙を貫いている。
「大村氏は国会議員に戻ればいいだけでしょう。大塚氏のあとの参議院議員選挙か、古本氏が地盤だった衆議院愛知11区に出ればトヨタの力で当選は確実だ。トヨタとしては何をしでかすかわからない河村市長の勢力がじゃま。今回、大塚氏の記者会見をすっぱ抜いたのは中日新聞で、当然、そこにもトヨタの影がある」(前出・元トヨタ役員)
確かに河村市長は、五輪で優勝したソフトボール日本代表でトヨタ自動車所属の後藤希友選手が表敬訪問した際、見せてもらった金メダルに噛みついて物議を醸すなど、トヨタとの間に何度かトラブルを起こしている。大村氏に近い自民党の県議は、こう解説する。
「大村市長は、これまで維新や東京都の小池百合子知事と組み、何度か国政への復活を狙ったが不発に終わった。トヨタが推す後継が出てくれば、国政に戻れる大きなチャンスが回ってきたと思うはずだ。トヨタが描くストーリーに乗って後継指名するかもしれない。古本が副知事になったのは大村知事からの要請とされるが、それもトヨタストーリーかもしれない。選挙に強すぎる河村市長とその勢力の排除は、自民党にも好都合なんだが」
しかし、河村市長がトヨタストーリーに黙っているとは思えない。減税日本の幹部は「河村市長は2年後(2025年)の市長選についてハッキリと断言していない。市長はかねがね『維新を手本に』とも語っている。維新は橋下徹大阪府知事時代に、松井一郎氏を知事に、橋下氏を大阪市にとクロス選挙で勝利した。河村市長も自らは知事に、市長には側近の広沢一郎元県議を、と考えているのかもしれない」と指摘する。
東京都は小池知事、大阪府は吉村洋文知事、いずれもと日本の地方政治を代表する顔だ。トヨタ自動車の社員である古本氏ではあまりに器が小さすぎ、豊田氏とトヨタの「操り人形」になることは明白だ。今後、トヨタがどこまで政治にしゃしゃり出てくるのか注視する必要があるが、愛知県知事選と名古屋市長選を巡り、すでに前哨戦が始まっている。