元道警・稲葉さん「家族会」代表に|依存症当事者として「繋がり」呼びかけ

「家族の会を作って、そこでみんな集まって、ちょっとでも希望の持てる話ができたらすごくいいなと思ったんです」――アルコールや薬物、ギャンブルなどの依存症を持つ人たちの家族を支援する集まりが1日、北海道の当事者の呼びかけで発足した。会長を務める元警察官は、自ら覚醒剤依存を経験した立場で「悩みを抱え込まず互いに支え合う社会に」と、依存症の種類を問わず幅広い参加を呼びかけている。

◇   ◇   ◇

1日付で「北海道依存症者を抱える家族の会」の会長を引き受けることになったのは、北海道警察の元警部・稲葉圭昭さん(69)。俳優の綾野剛さんが主演した映画『日本で一番悪い奴ら』のモデルとして知られる稲葉さんは、在職中に銃器捜査のエースとして摘発の実績を積み、組織の意向で違法捜査に手を染めた結果、自ら覚醒剤を使用して検挙された。薬物使用のきっかけは、違法捜査の事実を知る捜査協力者が上司を恐喝し、その責任を1人で背負わされたこと。組織に裏切られて自暴自棄になり、協力者に頼んで注射してもらったのが最初だったという。2002年に逮捕されて懲戒免職となり、裁判では懲役9年の実刑判決に。11年に出所した後は先の映画の原作となった自著などでかつての捜査の実態を告発、違法なおとり捜査事件では冤罪で服役したロシア人男性の無実を証言し、再審無罪判決を導いた。

厚生労働省の補助金事業として設けられた「依存症予防教育アドバイザー」の資格を得たのは、2020年10月のこと。出所後は覚醒剤と無縁だったため、依存症を克服したつもりだった稲葉さんだが、薬物依存の実態を学ぶうち「今は『やめられているだけ』という事実に気づいた」という。北海道のアドバイザー第1号として「薬物で捕まえるほうと捕まるほう、両方を経験した奴はなかなかいないだろう」と、道内の講演会などで啓発活動に取り組み始めた。

昨年暮れごろから家族会の設立を構想し始めたのは、自身の経験を振り返り「辛い思いをしているのは、本人よりも家族なんじゃないか」と考えたためという。同じアドバイザー資格を持つ恵庭市の石上一美さん(52)に相談したところ、趣旨に賛同を得た。地元で「NPO法人おはな」を切り盛りする石上さんは、依存症に限らず地域で悩みを抱える人たちの居場所づくりを手がけている。当事者の家族が互いに支え合うことの意義について「社会で孤立しがちな家族が互いに繋がり、地域の理解を求めていくことが必要」と訴え、1日に発足した家族会では稲葉さんが会長、石上さんが事務局長を務めることになった。

設立に先立つ5月下旬には、恵庭市で記念セミナーを開き、札幌出身の依存症予防教育アドバイザー中野満知子さん(71)が「アディクション(孤独の病)とコネクション(つながり)」と題して講演、自らもアルコール依存症者の家族という立場で、依存症の回復に家族など周囲の支えが果たす役割の大きさを話した。家族会を構想した稲葉さん自身も登壇し、家族との関わりについて次のように語っている。

「覚醒剤で捕まった後、家族が面会に来ると自分は安心できましたが、その時は自分のことしか考えてませんでした。のちに、捕まった時に母親が『身体の震えが止まらなかった』と言っていたと聴き、自分が情けなくなった。一番哀しい思いをしているのは、捕まった本人ではなくて家族なんですよ」

今後の活動については、自身の経験を活かし「覚醒剤の恐さとか、駄目な友人の見つけ方とかはアドバイスできるのでは」と話し、少しずつでも当事者家族の輪が拡がっていくことに期待を寄せる。

具体的な活動としては当面、毎月1回の目途で当事者家族が語り合う場を作る考えで、6月18日午後には恵庭市内で最初の会合を設ける予定。開催場所は公開せず、参加を決めた人たちに直接伝えるなど秘密厳守を徹底するといい、関係者らは「互いの呼び名も匿名にできるので、安心して参加して欲しい」と呼びかけている。問い合わせは、NPO法人おはなのLINEアカウントへ。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。

 

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