選挙に出るのは個人の自由だし、どんな政治的な主張であれ公約に掲げるのもまた自由だ。しかし、立候補前から筋の通らないことをやる人間の主張が共感を得られるとは思えない。
本人や周辺が地元紙・南日本新聞の取材に答える形で鹿児島県知事選挙に出馬することを表明した自民党女性県議の「挨拶行為」が、事情を知る関係者の顰蹙を買っている。
■物議をかもす元知事への「挨拶」
今年7月に予定される鹿児島県知事選に立候補する意思を表明しているのは、現職で2期目を目指す塩田康一知事と自民党の米丸麻希子県議会議員(姶良市区選出:当2回)の二人。原発反対派から3人目の候補者が擁立される可能性もあり、最終的な知事選の構図は定まっていない。
ただし、争点になりそうな大きな課題は二つに絞られるものとみられている。一つは川内原発の運転延長問題。もうひとつ挙げるとすれば、県が整備を予定する新総合体育館の建設予定地に関する問題だろう。
原発の運転延長については稿を変えて報じる予定で、ここでは触れない。ハンターがこの数か月注目してきたのは、新総合体育館の「建設予定地」が容認できないとして、県が進めている新総合体育館構想に事実上の反対を唱えて立候補するという米丸氏の動きだった。
米丸氏は、新総合体育館の建設に反対というわけではなく、予定地が鹿児島港本港区にあった商業施設ドルフィンポートの跡地だからダメだと主張している。鹿児島のシンボルである桜島を見渡せる場所に体育館を建てるのがいけないというわけだ。
景観がどうのという話はそれぞれの主観によるもの、本稿でそこに触れるつもりはない。不可解なのは、ドルフィンポート跡地での総合体育館整備に反対する米丸氏が今年1月、こともあろうに「ドルフィンポート跡地での総合体育館整備」を最初に打ち出した伊藤祐一郎元知事を、「挨拶」名目で訪ねていたことだ。関係者の話によれば、米丸氏からは知事選出馬の意思表示があったという。支援要請と受け取られてもおかしくあるまい。出馬の挨拶であろうが、ただの挨拶であろうが、総合体育館構想の発案者である伊藤元知事を訪ねるという米丸氏の行動は、筋が通らない。
矛盾する米丸氏の言動は、県内に一定の票を持つとされる伊藤元知事の支援をとりつけ、知事選でできるだけ多くの得票を得ることを目的とするものではないのか。そうなると、「ドルフィンポート跡地での総合体育館整備反対」は選挙の道具であって政治的な信念に基づくものではないということになる。有権者にはもちろん、構想の発案者である伊藤元知事にも失礼というものだ。
そもそも、米丸氏のこれまでの動きには、自民党筋から「筋ちがい」と非難されるものが少なくない。事実上の出馬表明を行った米丸氏は自民党所属の県議。同党県議団は新総合体育館構想に賛成で、知事選では塩田氏の推薦も決めている。離党もせぬまま、塩田県政を批判して、「知事選に出ます」では政治家としての筋も通るまい。
前出の関係者によれば、米丸氏を伊藤元知事のもとに連れて行ったのは、元知事の後援会最高幹部K氏。米丸氏は、元知事から自重を求められたという。伊藤元知事に近い経済人は、呆れ顔でこう話す。
「ドルフィンポート跡地を活用した総合体育館構想は伊藤さんが考え出したこと。4年前の知事選でも、その前の知事選でも公約に掲げている。Kも米丸県議も、それを知らないはずはない。体育館反対の米丸氏が、真っ先に体育館構想の第一人者のところに出馬の挨拶に行くなど、笑い話にもならない。有権者を欺く行為であり、当選できればなんでもOKという姿勢がミエミエだ。米丸県議周辺は伊藤後援会のメンバーにもアプローチしているようだが、やっていることはいずれも筋違い。伊藤元知事が動けば、県民は前回選挙の報復としかみない。伊藤さんを巻き込むなと警告しておきたい」
米丸氏本人に事実関係を確認したところ、伊藤元知事を訪ねたことを認めた上で「季節の挨拶に行っただけ」と“支援要請”を否定する。しかし、同氏が伊藤元知事に出馬の挨拶をしたことは多くの県内政界関係者の知るところとなっており、次のような厳しい批判の声が上がっている。
「県連会長である森山先生(裕・自民党総務会長)のところにも出馬の挨拶に行ったと聞いている。先に伊藤さんのところに行ったというのなら、順番が違う。選挙目当ての動きとしか思えない。『季節の挨拶』という言葉を信じる人は少ないんじゃないか」(県連関係者)
「開会中の県議会で、米丸さんは自民党県議団の一人として一般質問に立った。たしかに現在の総合体育館構想に異を唱える内容だったが、県側に軽くいなされ、不発に終わった。米丸さんの知事選出馬の噂は何カ月も前から出ており、自民党の関係者はみんな知っていた。さっさと離党すればいいものを、質問の機会を得るため離党の時期を引っ張ったということだろう。無所属では質問できないからだ。伊藤元知事のところに挨拶に行ったという話も聞いていた。確かに筋違い。県議会終了後の27日か28日あたりで出馬会見と聞いていたから、南日本新聞の記者に聞かれてフライングしたか、地元紙にサービスして先に書かせたかのどちらかだろう。党籍を持ったまま、党の方針に反する行動をとったわけで、自民党として処分を考えてもおかしくない経緯だ」(自民党関係者)
「伊藤さんは『知事が短期間にコロコロ変わるのは良くない』という考え方。米丸支援に動くわけがない。伊藤さんの後援会幹部だった人物があっちこっちに声をかけているというが、すでに自民、公明、国民民主が現職支持を決めており、伊藤さんを支えてきた多くも現職支持だ。だいたい、総合体育館は県全体の政策課題ではない。コロナ禍を乗り切った現職は評価されるべきで、問われるべきは2期目にどう将来への道筋を示すのか、という点。ワンイシューであってはならない」(伊藤元知事をよく知る関係者)