首相演説ヤジ排除「警察に立証責任」|地裁判事が今後の訴訟指揮に言及

安倍晋三首相(当時)の街頭演説で批判の声を上げた人たちが暴力的に排除された、いわゆる“首相演説ヤジ排除事件”の発生から丸2年。排除被害者が北海道警察を訴えた裁判の第10回口頭弁論が16日にあり、札幌地方裁判所の廣瀬孝裁判長が「被告(道警)が立証責任を負っている」との見解を明らかにした。

民事裁判では原告側が訴えを裏づける証拠を示して事実関係を立証するのが一般的で、ヤジ訴訟でもこれまで被害者側が排除当日の映像などを証拠に「排除は違法」と主張し続けてきたが、廣瀬判事はこの日の説明で「有形力の行使を正当化する根拠を被告側が示せるかどうかが争点」とし、被告である道警に立証責任があるとした。これにより、道警が「排除は適法だった」と証明できない限り、原告側が「排除は違法だった」と証明せずとも、警察官の行為の違法性が認められることになる。

■問われる「排除」の正当性

道警を訴えた排除被害者の大杉雅栄さん(33)らは、前回までの弁論で「現場にいた警察官すべて」を証人申請する意向を示していた。これに対して廣瀬裁判長は「原告の主張はよくわかる」「(どこまで証人採用するかは)たいへん悩ましい」としつつ、被告の道警側が警察官4人を証人申請する考えを明かしていることから「ひとまずこの4人に絞りたい」とした。原告としては、できるだけ多くの警察官に質問することで排除の違法性を裏づけたい考えだったが、続く廣瀬裁判長の言葉に代理人らは膝を打つことになる。

「もちろん原告としては、多くの証言に喰い違いがないかテストしたいというお気持ちがあるでしょう。それは理解できますが、裁判所としては(証人が限定される場で)被告の立証活動が立証責任のレベルにまで達しているかどうか、そこを見ることになります」――つまり、裁判の争点は「道警側が排除の正当性を立証できるかどうか」にあり、その立証責任を負っている道警が証人を「4人」に絞っていることから、道警はまさにその4人の尋問を通じて排除の正当性を示さなくてはならない、ということになる。

さらに、裁判長の発言。
「被告は警察官の報告書を多く提出されておりますが、当裁判所としては、これだけ事実関係に争いがある中で、反対尋問に晒されない警察官の報告書を事実認定の判断に使うことはできないと考えています」――被告の道警は、排除現場にいた警察官らが作成した報告書18通を証拠提出していた。裁判所はこれについて「証人となる4人以外の報告書は証拠として評価しない」と言い切ったのだ。道警側の“持ち球”は事実上、自ら限定した警察官4人のみということになる。

弁論後の報告集会では、原告代理人の小野寺信勝弁護士(札幌弁護士会)が次のように解説した。
「尋問が4人に絞られたことで(「全員」を求めていた)こちらの主張が通らなかったように見えるかもしれませんが、裁判官としてはかなり踏み込んだ発言をしたと思います。というのは、国賠訴訟では本来、原告側が違法性の立証責任を負うんです。しかし、おそらく裁判所としては現状『違法性がある』との心証を持っていて、その違法性を否定するためには道警側が『警職法の要件を満たしている』と立証しなければいけないわけです」

今後の争いでは必ずしも排除被害者側がゴールを決めなくても、道警側が“自殺点”を入れた時点で勝ちが決まる、ということだ。原告としては「反対尋問で被告の主張をどれだけ崩すか」という闘い方になる。

法廷での尋問はまず9月9日・10日の2日間で実施予定。初日は警察官3人、2日目は大杉さんら原告2人と目撃者2人が出廷することになる(※ 道警が申請した4人のうち1人は体調不良のため、別の場所(病院など)で尋問が行なわれる見込み)。また2日間の日程を終えた上で裁判所が必要と判断した場合は、さらに13日午後にほかの警察官が尋問を設けられる可能性がある。

原告の大杉さんは「判決が出るまで予断を許さないと思っています。『もう2年か』と『まだ2年か』と両方の気持ちがありますが、引き続き地道に闘っていくしかありません」と、同じく桃井希生さん(26)は「やっと尋問の日程が決まり『頑張るぞ』という感じ。過去にも全国各地で同じように排除された人がいることがわかってきたので、そういう事実を伝える活動もしていきたい」と話している。

※ 原告らで組織する「ヤジポイの会」はこの日までに、公的な場所で公権力が市民を不当排除した事件を掘り起こす「公公排除アーカイブプロジェクト」を発足、当事者インタビューなどを通じてさまざまな被害を報告する活動を始めた。企画の第1回として、2016年7月に札幌市内で安倍晋三総理大臣(当時)に『ほら吹き天下一』というプラカードを示して大勢の警察官に追いかけられた男性のケースを採り上げ、公式サイト内で現在公開中。以降も随時更新していくという。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。
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