本サイトで折に触れて報告してきた「首相演説ヤジ排除事件」が7月15日、発生から丸1年を迎えた。
既報の通り、札幌で安倍晋三首相の参院選応援演説にヤジを飛ばして警察官に排除された人たちはその後、警察を相手どった損害賠償訴訟や、刑事裁判を求める付審判請求、検察審査会への審査申し立てなどで北海道警察の責任を追及し続けている。地元議会で排除行為を「適法な職務執行だった」と正当化した道警は、現場の警察官の行為責任や幹部の監督責任を今に到るまで不問に附したままで、懲戒処分や監督上の措置(注意・訓戒)など制裁を受けた職員は1人もいない。
道警の言う「適法な執行」はしかし、現場で撮影された多くの映像や写真が語る事実と大きく隔たっていた。まさにその映像を示すことで、排除問題の深刻さを訴えることができるメディアがある。テレビだ。
■HBC『ヤジと民主主義』が問う権力監視の在り方
発生1周年の節目を迎えた札幌では、そのテレビ関係者の報告を聴く会が設けられ、ジャーナリストや地元市民など約40人が取材記者らの語りに耳を傾けた。
報告会を開いたのは、大手各社の記者や元記者、フリーランスなどが参加する日本ジャーナリスト会議(JCJ)北海道支部。15日開催の例会で、当初からヤジ排除問題を報じてきた地元民放・北海道放送(HBC)の編集長と記者を招き、報道の意義や権力監視の必要性などを考えた。
取材報告に臨んだのは、優れた放送番組を讃えるギャラクシー賞の年間優秀賞を受けたHBCのドキュメンタリー『ヤジと民主主義』でプロデューサーを務めた同局報道部の山﨑裕侍編集長(49)と、ディレクターの長沢祐記者(27)。同番組では、演説現場で撮影された映像や当事者の証言を通じてヤジ排除問題を検証したほか、戦前の「生活図画事件」や明治期の「弁士中止」など過去の言論弾圧事件を振り返り、言論・表現の自由の危機に警鐘を鳴らしている。
「すぐに報道できなかった悔やしさがあった」と明かしたのは、プロデューサーの山﨑さん。HBCでは昨年の演説現場に充分な数のカメラを配置しておらず、排除の瞬間を撮影することができなかった。山﨑さん自身は首相演説の場に立ち会っていたといい、にもかかわらず排除行為に気づかなかったことから「黙認したと思われても仕方がない」との思いを抱いたという。事後の取材・調査で詳細な事実を知り、権力の暴走に危機感を覚えてドキュメンタリー制作に到った。
取材にあたった長沢記者は排除当時、報道部で警察担当記者を務めていた。日ごろから事件取材などで警察から情報提供を受ける立場だったが、排除問題については道警の言い分をなかなか引き出せず苦労したという。ドキュメンタリーでは、番組後半に元道警幹部・原田宏二さん(82)のインタビューから「あなたたちは(警察に)無視された」という言葉を敢えて採録した。ヤジ排除が多くのカメラの前で公然と行なわれた事実を示し、メディアによる権力監視の形骸化をメディア自らが顧みた形だ。15日の報告では、内部調査終了後の道警の記者会見で感じた「報道各社の熱量の違い」にも触れ、会見で質問の手を上げたのがHBCなど限られた社のみだったことなどを明かした。
■排除当事者からもエール
取材報告には排除当事者も足を運び、改めて報道にエールを贈っている。「安倍辞めろ」の一声で排除された札幌市のNPO職員・大杉雅栄さん(32)は「メディアの世論喚起が当事者として大きな助けになっている。番組では、原田さんの『無視された』コメントをちゃんと使っていたところがよかった」と評価した。排除の様子をスマートフォンで撮影し、与党支持者とみられる男から腕を引っ張られるなどの被害を受けた同市の桐島さと子さん(27)=仮名=は、徒労や無駄足が多くなりがちな取材の苦労に共感し「ヤジも同じ。昔はともかく、今はヤジや抗議が『言っても無駄なこと』と思われているのではないか」と、「ノイズのない社会」の恐さを語った。また年金問題に疑問を呈するプラカードの掲出を制止された同市の山口たかさん(70)も会場に駈けつけ、「次の選挙では絶対にプラカードを掲げてみせる」と、改めて決意を述べていた。
ドキュメンタリー『ヤジと民主主義――小さな自由が排除された先に』は本年2月、30分間の枠でHBCとキー局TBSが放映、のち1時間に再編集した拡大版が同4月にHBCで再放映された。番組は優れた放送を顕彰するギャラクシー賞の候補となり、7月2日付で報道活動部門の年間優秀賞を受賞、選考委員から「小さな権利迫害も大きな圧力に通じかねないという危機感が支えた地道な報道」と、高い評価を受けるに到った。
ヤジ排除問題をめぐっては現在、先の大杉さんら当事者2人が道警を訴えた賠償訴訟の審理が続いており、8月21日に札幌地裁で4回目の口頭弁論が開かれることになっている。
※ ドキュメンタリー『ヤジと民主主義』は、動画サイトYouTubeのHBCチャンネルでも全篇が公開中( https://www.youtube.com/watch?v=X42DstsPmsc )。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 北方ジャーナル→こちらから |