安倍氏殺害でネット言論が暴走|ヤジ排除訴訟原告ら真っ向反論

本サイト7月12日付記事で既報の通り、参院選期間中に奈良県で発生した安倍晋三元総理大臣射殺事件をめぐって「表現の自由」を否定しかねない声が澎湃と沸き起こっている。インターネットの匿名投稿から報道大手の社説・解説にまで至るそれらの言説で、必ずと言っていいほど引き合いに出されるのが前回参院選時に札幌で発生した「首相演説ヤジ排除事件」。公道上で当時の安倍首相を批判して“排除”された市民2人が起こした国賠訴訟は本年3月、札幌地裁で原告側全面勝訴の判決に到ったが(のち被告の北海道警察が控訴)、先の声の主たちはここに来てその司法判断を猛攻撃しているのだ。曰く、同判決を機に警察の要人警護が及び腰となり、ひいては演説中の銃撃を許す結果を招いた――。

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この理窟がおよそ成立しないことは12日付の記事で示したばかりだが、そのころすでにネット空間ではヤジ訴訟の原告たちが上のような妄言に果敢に応戦し続けていた。8日午前に「安倍元首相 銃撃される」の速報が流れた直後から、ツイッター上には国賠一審判決を批難する書き込みが殺到。これに当事者らのアカウント『ヤジポイの会』が真っ向から反論し、次のような異議を投稿し続けることとなる。

《「言論の自由を排除しない」ことと「要人警護をつつがなく行う」ことは両立するはずであり、また両立させるのが民主主義国家における警察の職務です。これが実現できなかった責任を、私たちや裁判所にかぶせようとするのは、表現の自由を尊重しようという者に対するある種の脅迫であり、冒涜です》

《北海道警の行為で非難されたのは「抗議のヤジを暴力的に排除したこと」であり、それは要人警護・警備の本質とはなんら関わりのないことです。むしろ札幌の現場では単なるヤジに何十人もの警察官を動員したことで逆に警備が手薄になっていた可能性すらある》

《インターネットは速報性・即時性が重宝されるメディアですが、(この件に限らず)何かの事件が起きた直後というのは出来事の詳細も背景もなにもわからない。そのような時に、わかりやすく敵を想定して批判するような態度は控えるべきだと思います。 同様に特定の属性を標的とした差別発言は論外です》

匿名の徒の中には一審判決の趣旨をよく知らずに「ヤジポイ」に絡んでくる投稿者もおり、時に国賠原告たちは噛んで含めるように事実関係を説明しなくてはならなくなった。

《そもそもヤジ排除裁判は選挙妨害の有無を判断するための裁判じゃない。議論の土台すら共有してない人間が知ったかぶりで偉そうなこと言わないでほしい》

《ヤジ排除裁判の地裁判決では、今までの判例を覆すような全く新しい法解釈が採用されたわけではなくて、「当たり前のことが当たり前に認められた」だけ。 納得できないなら判決読んでからコメントしたら?》

《札幌地裁判決では、法律を逸脱し、なおかつ表現の自由を侵害した警察措置について「やりすぎ」と認められただけであって、別に要人警護そのものの必要性が否定されたわけではない。 今回の件で文句を言いたいなら奈良県警か警察庁にでも言えばいい。 関係ない人間に火の粉を飛ばしてこないでほしい》

《ヤジ排除の最も不思議な点は、強制排除にかかってきた北海道警は、しかし対象者(私たち)に対して一度も所持品検査をしなかったことです。「テロのおそれがある危険人物」が目の前にいるのに。これは警察の目的が「ヤジ排除」であり「テロ防止」ではなかったから、と考えないと辻褄が合いません》

《職務質問は警察官職務執行法第2条の規定であり、警職法第4条および第5条の適用が争点となっている本件とは無関係です。 なお、ごく当たり前の前提として警察官は法律に定められた要件を逸脱した職務執行はできません。札幌地裁の判決は「法律を守りなさい」と言い渡しただけのものです》

舞台が札幌高裁に移った国賠訴訟では、一審被告の道警が引き続き、当時の演説現場でトラブルが起きるおそれがあったと主張し続けるようだ。改めて独自に現場検証を行なった道警は、一審原告らが安倍氏に物を投げる可能性があったことや、現場にあったコーンバーで安倍氏を攻撃する可能性があったことなどを証明するため、複数の警察官が当時の関係者らに扮してそれらの場面を演じたビデオまで制作したという。

ヤジポイメンバーが主張するように、表現の自由を尊重しながら要人警護をまっとうすることは充分に可能だ。国賠で一審原告代理人を務める小野寺信勝弁護士(札幌弁護士会)は、安倍氏射殺後に出回った一連の言説を次のように批判している。
「要人警護の重要性は私たちも否定するものではなく、要人に危険が及ぶおそれがある場合は職務質問などで事故を未然に防ぐべきだと考えています。しかし、飽くまで警察官職務執行法に則らなければならないことは言うまでもありません。ヤジ排除は『違法な職執行を行なった事案』ですが、今回の奈良県警の警備は『適法な職務執行を怠った事案』であって、両者を結びつけて論じることは合理的ではなく、県警による警備の不手際の原因をヤジ判決に求めることは責任転嫁というほかありません。今回の事件を機に、要人警護を強調するあまり市民の表現の自由が締めつけられることを憂慮します」

ヤジ国賠二審の口頭弁論の期日は、現時点では未定。札幌高裁はおもに非公開の弁論準備手続きを中心に審理を進めていくことになるとみられる。

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。

 

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