北海道立江差高等看護学院のパワーハラスメント問題で、教員らのパワハラが原因で自殺したという男子学生(当時22)の遺族が起こした裁判の審理が始まり、原告の女性が函館の裁判所で意見陳述した。被告の北海道は現時点で具体的な主張をしていないが、訴えに対しては棄却を求めた。
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9月18日に道を相手どる訴訟を起こしたのは、江差の学生だった長男を5年前に亡くした女性(48)。訴えは、のちの第三者調査で認定されたパワハラと自殺との相当因果関係を改めて認めるよう道に求めるものだった(既報)。
本サイトなどがこれまで報じてきた通り、江差看護学院を運営する道は昨年春、先述の第三者調査結果を受けて遺族に謝罪したが、その後の交渉で学生の死とパワハラとの因果関係を否定し、同認定事実に基づく賠償には応じられないと主張するに到った。遺族側は賠償請求の大幅な減額を提案したが道は受け入れず、ハラスメントへの賠償に絞り込んだ譲歩提案も拒絶。遺族は裁判を起こさざるを得ない状況に追い込まれたという。
10月29日午後に函館地方裁判所(五十嵐浩介裁判長)で開かれた第1回口頭弁論では、原告女性が法廷で意見陳述し、「息子の死の原因を明らかにして欲しい」と訴えた。弁論後に記者会見に応じた女性は改めて「あの謝罪は何だったのか」と道への不信感を顕わにし、今後の審理について「きちんと因果関係を認めてもらえないと息子の死が報われない」と、裁判所の適正な判断に期待を寄せた。
女性はかねてから「本当なら裁判をしたくなかった」と話しており、とりわけ5年前の事情を知る長男の同窓生らに証言や尋問で負担をかけたくないという思いがあったという。訴訟代理人の植松直弁護士(函館弁護士会 *下の写真)は女性の意向を汲み、今後の立証活動では道が第三者調査の過程で作成・取得した資料などの開示を求めていく考えだ。
被告の道は同日までに請求の棄却を求めたが、原告への具体的な反論は追って明らかにするとしており、12月中旬にも改めて書面が提出される見込み。初弁論の法廷には被告側は一人も姿を見せず、会見でこれについて問われた原告女性は「この件は道には大した問題ではないのかな、と思うしかない」と項垂れ、「道は私が諦めるのを待っているのではないか」と話した(*下の写真)。
江差看護学院の一連のハラスメント問題で最悪の被害といえる在学生自殺問題をめぐる裁判、次回以降は当面、非公開の弁論準備手続きの形で進められる見込みだ。
※ 原告女性の意見陳述の全文を、以下に引用。
今回の裁判を行うにあたり、一言、その思いを述べたいと思います。はじめに、どうしても言っておきたいことは、私は裁判を行いたいとは一切思っていなかったということです。
令和元年9月18日、息子は江差高等看護学院に在学中、自ら命を絶ちました。この裁判でこれから明らかになると思いますが、道や学院は、息子の死の原因について自らは一切調査しませんでした。私が道に調査を求め、調査委員会がおととし10月にようやく立ち上がり、昨年3月に第三者調査委員会では学院の複数の教員による息子への複数のパワーハラスメントを認定し、学習環境と自死との相当因果関係を認めました。
被告道は、その調査結果を受けて私に謝罪の申し入れを行いました。私は道の謝罪は調査結果を全て受け止めた上でのものだと考え謝罪に応じました。その後、道の弁護士と私の弁護士との賠償の話し合いとなりましたが、調査結果を前提とした話合いですぐに決着するものだと考えておりました。
しかしながら、道は賠償交渉では自死に対する賠償については認めないという調査結果の結論内容とは矛盾する回答を行い、大変ショックを受けました。私は何度も何度も道から裏切られ、そのたびに深い絶望を味わってきました。道知事は、記者会見等では私に誠意に対応すると繰り返し述べてきましたが、私からすれば、誠意など全く感じることはできません。私が求めない限り息子の自死の原因を調査しない、私が裁判をしない限り、そして裁判所が認めない限り息子の自死の賠償は認めないという対応に誠意など感じるはずがありません。道が息子の自死が看護学院教員のパワハラが原因であることを認めない限り、息子の無念は決して晴れません。そのため、本当はしたくはなかった裁判を今回行うことにしました。いや、私からすれば道から訴訟提起を強要されたという思いです。
裁判所におかれましては、息子の死の原因が何であったかを適切に判断して頂ければと思います。どうかよろしくお願いします。
なお函館地裁はこの日の初弁論で、地元記者クラブの「記者席」使用を認めて傍聴席全44席のうち11席を地元司法記者クラブ加盟記者たちに提供したが、クラブ非加盟者として記者席の使用を求めた筆者の申請には不許可決定を出した。また同弁論の開廷前には記者クラブ加盟放送局の代表による約2分間の動画撮影が認められたが、やはりクラブ外からスチル撮影の許可を求めた筆者の申請は退けられた。これらの扱いの違いについて尋ねる筆者の問い合わせに、窓口の函館地裁総務課は「決定の理由はお伝えできない」としている。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |