黙秘権行使を申し出る容疑者に供述を強要し、また弁護人とのやり取りを記録した『被疑者ノート』を無断で持ち去るなどした警察官の行為の違法性が問われていた裁判(既報)で、問題の捜査を一部違法と認める判決が言い渡された。判決ではノートの持ち去り行為が接見交通権と黙秘権の侵害にあたると認定された一方、取り調べでの警察官らの暴言や供述強要などの違法性は認められなかった。
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12月3日に札幌地方裁判所(布施雄士裁判長)で判決を迎えたのは、不起訴事件の容疑者だった札幌市の20歳代女性が北海道警察に損害賠償を求めて起こした裁判。道警の捜査員らは、女性の黙秘権行使の申し出を聴き入れずに長時間にわたって供述を迫り続け、しばしば女性の人格を否定するような暴言を放っていた。それらの言動は取り調べを撮影した映像に記録されており、一部が裁判所の法廷で上映された( ダイジェスト版をYouTubeのHUNTERチャンネルで視聴可能⇒コチラ)。
その女性が身柄を拘束されていた道警本部内の留置施設では、留置担当警官が女性と弁護人とのやり取りを記録した『被疑者ノート』などを無断で持ち去り、内容を検閲した疑いが指摘されている。警察官らは破損部分の修繕や保安検査などを理由に強引にノートを持ち出し、15分間あまりにわたって返却を拒んだという。
いずれも事実ならば重大な人権侵害と言ってよく、容疑をかけられた事件で不起訴処分となった女性は2021年12月、道警を相手どる国家賠償請求訴訟を提起。裁判の原告には、事件の弁護人を務めた河西宏樹弁護士(札幌弁護士会)も名を連ねた。提訴から3年弱に及んだ審理では、いわゆる自白偏重主義や密室での長時間の取り調べの問題点を指摘する原告側に対し、被告の道警は当時の捜査を飽くまで適切な職務執行だったとして請求棄却を求め続けた。
12月の判決で札幌地裁は、黙秘権行使を表明する女性に供述を迫り続けた警察官の行為について「取り調べの継続や供述の説得はただちに黙秘権侵害にあたるとはいえない」とし、また『被疑者ノート』検閲行為についても「具体的な内容が点検されたとまではいえない」と判断、人権侵害を訴える原告の主張を退けた。
一方、ノートを持ち去って一定時間にわたり返却を拒んだ行為に対してはその違法性を認め、次のように断じることとなった。
「留置担当官が本件『被疑者ノート』を持ち去った行為は、留置施設の管理の必要から許容される限度を超え、原告らの接見交通権を侵害したものと認められる」
ひいては、この権利侵害によって女性を畏縮させたおそれがあるとして、こう指摘した。
「このような事態に直面した場合、原告の黙秘を含む供述意思形成に対する畏縮効果が生じることは否定できないから、その意味において原告の黙秘権を侵害したとも認められる」
以上をふまえ、原告女性には20万円の、河西弁護士には5万円の賠償を支払うよう被告側に命じる判決となった。
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言い渡し後に記者会見を開いた原告代理人の吉田康紀弁護士は「取り調べの違法性が認められなかったのは残念」と肩を落とすことになる。
「被疑者に対して許されない発言が多々あった中、そこが違法ではないとなると、裁判所が捜査機関に対して『この程度までは許容される』というお墨つきを与えてしまう危険性がある。やはり、相手が被疑者だからといって何を言ってもいいということにはならないわけです」
裁判所の「文書提出命令」で開示された計25時間ぶんの動画には、黙秘の意思を示す容疑者女性に捜査員が執拗に供述を迫り、当時亡くなったばかりの長男を引き合いに出して「要らない子だったの」「産まなきゃよかったんじゃない」などと暴言を放つ場面が記録されていた。吉田弁護士はこれらの不適切捜査を批判しつつ、仮にこうした言動がなかったとしても当時の取り調べには問題があったと指摘する。
「これほどの長時間に及ぶ聴取で、黙秘を続けることができるのか。そう考えると、仮に人権を侵害するような発言がなかったとしても、弁護人もいない中でひたすら『説得』し続けるということ自体が違法だということにならないと、黙秘権の本当の保障はできないんじゃないですか」
今回のケースでは取り調べを記録した動画が存在し、かつ裁判所の命令でそれが開示されたことで人権侵害の実態を検証できたが、実際に捜査機関が扱う事件の多くでは映像などの客観的な記録が残らない。取り調べには弁護人などの同席が認められず、つまりは密室で聴取が重ねられ、容疑者の供述は捜査員の主観をまじえた調書の形で残される。吉田弁護士はこう指摘する。
「弁護人が立ち会えたら、長時間の取り調べにはならないでしょう。カメラが回っててもあれほどのことがなされるのであれば、カメラだけでは不充分。やっぱり録音・録画と弁護士立ち会いは両方必要ということです」
日本弁護士連合会が作成する『被疑者ノート』は、取り調べなどに関する情報を容疑者と弁護人とが共有する目的で使われる。今回の判決では警察がノートの記述を検閲した事実については認められなかったものの、無断で持ち去った行為の違法性は認定された。吉田弁護士らはこの判断を率直に評価し、今後の違法捜査の抑止力になると期待している。
被告の北海道警察は判決後の取材に「判決内容を精査し、対応を検討して参ります」とコメントしていたが、結果的に控訴を断念したことが伝わった。原告側も控訴に到らず、地裁判決が確定。吉田弁護士ら原告代理人が18日付で発表したコメントの全文を、以下に採録しておく。
《取調べの違法性が否定されたことには全く納得していないが、一区切りにしたいという原告女性の意向を尊重し、控訴しないこととした。捜査機関が真相解明を重視するのは理解するが、被疑者の人権を軽視してはならないのは当然だ。違法性は否定されたが、極めて不適切な取調べがなされたことは間違いなく、捜査機関には、取調べのあり方について、根本的な意識改革が求められる。並行して、早急に取調べの可視化を全事件、在宅事件にも拡大し、取調べへの弁護人立会いを認めるべきだ》
なお今回の判決言い渡しの傍聴取材にあたり、筆者は記者クラブ非加盟者として「判決文等の交付」「記者席の提供」及び「開廷前撮影の許可」を札幌地裁に求めていた。申請を受理した同地裁は11月28日、筆者への電話連絡で検討結果を通知し、「撮影」不許可、「判決文」「記者席」許可の決定を伝えた。裁判所が判決文交付対象を拡大した経緯は本サイト既報の通りだが、これに加えて記者席使用が認められたことでフリー記者の取材機会がさらに拡がった形。撮影許可の壁は今なお厚いものの、今回の地裁決定の意義は大きく、筆者は今後も折に触れて各地の裁判所へ同様の申請を重ねていく考えだ。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |