デマゴーグ・参政党の神谷宗弊が歪曲した沖縄戦の実相
- 2025/9/1
- 僭越ながら「論」
問題発言を繰り返し、批判の声が上がるたびに幼稚な言い訳や話のすり替えでごまかす参政党の政治家たち。極右特有の過激な発言が、既成政党に愛想をつかした一部の有権者を引き付けているのは確かだ。しかし、偽りの前提で国民を扇動する姿勢は戦前の軍部と同じ。とりわけ酷いのは、国政政党の代表として重い責任を負っているはずの神谷宗幣氏による歴史の歪曲である。特に、沖縄戦を巡る同氏の発言はお粗末すぎる。
■沖縄戦
神谷氏はデマゴーグ(扇動政治家)である。ウソやでっち上げで大衆の危機感を煽り、自党の支持者を増やす。批判されると詭弁を弄して話を逸らし、時には語気を荒げて逃げを打つ。「高齢の女性は子供を産めない」「天皇陛下に側室を」「日本人ファーストは選挙の間だけのキャッチコピー」「秋田の女性には八景ロシアの血が入っている」「あほだ、ばかだ、チョンだ」「日本軍が中国大陸に侵略したというのはウソだ」「南京で大虐殺したというが、大虐殺する意味がない」――いずれも、以前なら議員辞職が要求されるような発言ばかりだ。戦前を想起させるこうした暴論に与する人たちが増えていることに危機感を抱いているのは、筆者だけではあるまい。この国の危機と言っても過言ではない。
一連の問題発言の中でも、絶対に許してはならないのが、以下に示す沖縄戦に関する神谷氏の発言である。単なる不勉強か、あるいは意図的な歴史の歪曲なのか判然としないが、まともな政治家が発する言葉ではない。



NHKの報道によれば、この件に関し神谷氏は「日本軍の一部軍人による島民の殺害があったことは承知している。ただし、それは例外的な事例であり、多くの軍人は沖縄県民を守るために戦った。その事実を主に伝えた上で、一部の問題行動に触れるなら理解できるが、加害の側面を主に取り上げる伝え方には違和感を覚える。むしろ、甚大な被害を与えたのは、米軍による艦砲射撃や空襲であった。沖縄を守った人々の名誉を正当に評価することが、日本の政治家の責任だと考えている」と発言、その後も、「(沖縄戦の発言について)謝罪と訂正を求められたが、一切しない」と強気の構えを崩そうとしていない。だがこれは、沖縄戦の実相をまったく知らない、極めて低レベルな主張であると断ぜざるを得ない。
■「皇土」でさえなかった沖縄
防衛省防衛研究所戦史室によって編纂され、朝雲新聞社から刊行された「戦史叢書」という公刊戦史がある(*下の画像)

この第51巻「本土決戦準備〈1〉」の中の第6章《帝国陸海軍作戦計画大綱と本土決戦準備》には、「帝国陸海軍作戦計画大綱」(1945年1月20日:大本営決定)の全文が示されており、次のくだりがある。

《皇土要域二於ケル作戦ノ目的ハ敵ノ侵攻ヲ破摧(はさい)シ皇土特二帝国本土ヲ確保スルニ在リ》――大本営が企図した作戦の目的は、「皇土=本土」を守ることだと断定している。その上で、《本土防衛ノ為縦深作戦遂行上ノ前縁ハ南千島、小笠原諸島(硫黄島ヲ含ム》沖縄本島以南ノ南西諸島、臺灣(たいわん)及上海附近トシ之ヲ確保ス》と定める。この場合の「縦深作戦」とは、日本軍からの連続した積極攻撃ではなく米軍の前進を遅らせるための「縦深防御」を意味する。沖縄は皇土(本土)に含まれていない「前縁」であって、万が一そこに敵が上陸したときは、《極力敵ノ出血消耗ヲ図リ且敵航空基盤造成ヲ妨害》しなければならない。つまり政府や大本営にとって沖縄は、本土決戦までの時間を稼ぐための『捨て石』に過ぎなかったということだ。その証拠に大本営は、緊迫する沖縄への増援部隊を送っていない。
第32軍を主体とする陸海の沖縄派遣軍は、本土決戦を可能な限り遅らせることを目的に編制されたもので、組織として沖縄県民を助けるという目的は持ち合わせていなかった。軍に強制された集団自決や、兵隊に直接命を奪われたという記録が山ほど残っており、これは神谷氏が言う「切り取られた一部の話」などでは断じてない。もちろん、「日本軍が沖縄の人たちを殺したわけではない」という発言も間違いだ。「戦陣訓」は軍人に対する行動規範だが、有名な『生きて虜囚の辱めを受けず』という一節が、沖縄では手榴弾を渡すという手法を以て多くの民間人に強要された。助けるどころか、「死ね」と命じたも同然だろう。
さらに日本軍は、戦闘の足手まといになりそうな老人や子供などの疎開を進めた一方で、健康で軍の役に立ちそうな県民の疎開を認めていない。その結果が、県民の4人に1人が亡くなるという惨状だった。日本軍が沖縄県民を助けに行ったというなら、少なくとも10代の子供たちはすべて県外に疎開させるべきだったろう。しかし、現実には逆に14歳から18歳までの“子供たち”を「防衛招集」によって軍に組み入れ、多大の犠牲を強いた。男子生徒で組織された「鉄血勤皇隊」や「護郷隊」、師範学校と高等女学校の生徒たちで編成された「ひめゆり学徒隊」の悲劇を、神谷氏は知らないとでもいうのだろうか。とりわけ、諜報員養成機関である陸軍中野学校出身の隊長に率いられた護郷隊と名付けられたゲリラ戦部隊の子供たちは、仲間の射殺や故郷の村への放火といった非人道的な命令に従わされていたことが分かっている。いずれも、県民を守りに行った軍隊のやることではあるまい。
ちなみに、少年らを死地に追いやった陸軍省令による「防衛招集」だが、それまで17歳以上とされていたものを、戦況がひっ迫した1944年12月になって、前述した沖縄、奄美諸島、小笠原諸島、台湾などの「前縁地帯」に限って17歳未満の者でも招集できるよう改正した。これも沖縄を「皇土=本土」と区別し、捨て石にした証拠だ。
太平洋戦争中に唯一の地上戦を経験した沖縄は、戦後、国土面積の0.6%に過ぎない県土に米軍基地の7割を受け入れさせられるという屈辱に甘んじてきた。返還が約束された普天間飛行場の移転先は、県外ではなく名護市辺野古の海だ。名護市長選や知事選といった節目の取材で何度も訪れた沖縄では、「日本軍が助けに来てくれた」と感謝する県民には一度も出会ったことがない。
■「自虐」ではなく「自戒」
参政党は神谷氏に倣って歴史歪曲主義者の集まりらしく、福岡選挙区で初当選した同党の中田優子氏も、地元テレビのインタビューに「日本軍は国民を救うために助けに行った」と発言。「これから正しい歴史認識を皆様に1人でも多くの方に行っていくのが、我々の使命であるとも考えております」と胸を張った。沖縄戦について何も勉強していないのだろうが、本気でこう言ったのであれば、中田氏にも政治家としての資格はない。筆者は福岡県民だが、こんな人物を国会議員にした選挙結果を心底恥じる。
沖縄戦を巡っては今年5月、自民党の西田昌司参院議員が「ひめゆりの塔」の展示内容について、「日本軍が入ってきて、ひめゆり隊が死ぬことになった。アメリカが入ってきて沖縄は解放された。(展示の説明文は)そういう文脈で書いている」と発言した。批判が集まる中、神谷氏は西田氏に同調。「本質的に間違っていない」と庇う姿勢をみせた。「日本軍が守りに行った」という考えで一致しているということだ。
西田氏や神谷氏は、極右特有の、いわゆる歴史修正主義者。日本軍による侵略や南京大虐殺、軍主導の従軍慰安婦などを認めようとせず、こうした歴史的事実と真摯に向き合うことを「自虐」と決めつける。だが、「人の心」をもって歴史を検証することは、自虐ではなく「自戒」。戦後80年の節目に、そのことをしっかりと胸に刻みたい。
(中願寺純則)















