札幌地方裁判所で今月中旬、法廷内に設けられる「記者席」の取り扱いについて裁判所内の広報対応マニュアルと異なる不適切な対応があり、筆者を含む5人ほどの傍聴希望者が傍聴の機会を失う事態が起きた。最高裁と各地の下級裁判所とが共有するマニュアルでは、用意された記者席が埋まらなかった場合は当該席を一般傍聴席に充てるよう定めている。札幌地裁は今回このルールに従わず、少なくとも5席の一般開放を拒否、傍聴希望者の権利を制限することとなった。
■記者クラブ偏重
傍聴制限があったのは、9月17日午後。同日は札幌地裁8階の法廷で裁判員裁判の判決が言い渡されることになっていた。3年前の9月に北海道・北広島市の生活困窮者住宅で起きた放火殺人事件の裁判で、被告の男性の責任能力などが争点となっており、同2日の初公判以降たびたび地元報道で審理の様子が伝えられていた。
裁判所の判断に関心があった筆者は札幌地裁に足を運び、開廷の10分ほど前に8階の法廷へ向かった。だが傍聴人入口の前で眼にすることになったのは「満席」の掲示。廊下には何人かの傍聴希望者の姿があり、「万が一空席ができたら」などと裁判所職員に持ちかけていたが、話題の裁判の判決だけあって途中で空席ができるとは考えにくい。諦めかけた筆者がふと出入口から法廷内を覗くと、地元記者クラブの傍聴取材のために用意された「記者席」のいくつかが空席となっているのが見えた。
社会的関心の大きな事件の裁判では、報道各社の要望に応じて裁判所が記者席を設けることがある。札幌を含む各地の裁判所には備品として「記者席」と大きく記された椅子カバーが用意されており、これを傍聴席の背もたれに被せることで記者席と一般傍聴席とを区別し、報道各社の傍聴取材の機会を確保している。基本的には各地の記者クラブが提供対象となっているが、筆者のようなクラブ非加盟のライターにも利用を申し入れる権利はあり、実際すでに利用が認められた実績もある。
だがしばしば、この裁判所のはからいが無駄になる事態が起きる。確保された記者席に記者が現われず、一般傍聴人を差し置いて空席のまま放置されることがあるのだ。今回の裁判員裁判の法廷で筆者が目の当たりにしたのが、まさにその光景だった。出入口から眼を凝らしてその数をかぞえてみると、少なくとも5つの空席を確認できた。その5席から「記者席」カバーを外して一般傍聴人に開放すれば、新たに5人ほどの傍聴希望が叶うことになるわけだ。その場にいた裁判所職員に、筆者は求めた。記者席カバーを外して一般傍聴人を中に入れて欲しい、と。裁判の公開は憲法82条で定められている。よもや司法の役所が国民の権利を侵すこともあるまい――。
ところが、ほぼ即答で返されたのは「申しわけありませんが、傍聴はできません」の不条理な一言。廷内ではすでに裁判官たちが着席し、もう1~2分ほどで言い渡しが始まろうとしている。この時点で記者席に着いていない記者は「欠席」扱いでよいではないか。5つの空席を無意味に維持してまで廊下に並ぶ人たちの傍聴機会を奪う理由は、いったいどこに?
2人に増えた職員に交互に説得を試みたが、対応が変わることはついになく、法廷の扉は容赦なく閉められた。傍聴を断念した筆者は、しかしながら裁判所のルールの理不尽さには納得できず、職員らに強く言い伝えた、「この制限に抗議する傍聴希望者がいた事実を事務局にしっかり報告して欲しい」と。
この時おぼろげに想像していた「裁判所のルール」が実は違っていたと知るのは、3日ほどを経た週末のこと。かつて最高裁への公文書開示請求(司法行政文書開示申出)で入手した『広報ハンドブック』を確認したところ、札幌地裁の今回の対応は誤っており、筆者の主張こそが実は正しい措置だったとわかったのだ。
■運用誤った札幌地裁

最高裁のハンドブックは、裁判所の適切な広報活動のあり方を定めるマニュアル集。言うまでもなく札幌地裁を含む各地の下級裁判所もその内容を共有している。そのハンドブック(2013年版)の後半、「法廷内記者席」の取り扱いを定めたページに、次のようなくだりがある。
《要望に基づいて記者席を確保したにもかかわらず、何らかの理由で記者が法廷に来ない、ということもある。このようなときは、記者席カバーを外し、一般の傍聴席に戻すとともに……(以下略 》(*下の画像。赤い囲みは筆者)

合理的で真っ当なルールといえよう。ところが札幌地裁では、これとは正反対の運用があたかも正しいかのように貫かれていた。マニュアルで動くお役所がマニュアルに真っ向反した稀なケースだが、背景には国民の権利を制限することを何ら問題と思っていない現場の体質が透けて見える。
そして、そもそもの原因を作った報道記者の「場所取り欠席」問題。今回の放火殺人の裁判では当初から記者席に空席が目立ち、裁判所が記者クラブに苦言を呈していた経緯があったのだ。当時のクラブ幹事社が作成した連絡文書によると、第2回公判のあった9月3日には地裁が用意した記者席12席の半分を超える7席が空席となり、そのかたわら一般の傍聴希望者が締め出される事態が起きていたという。つまり、判決言い渡し時とほぼ同じ光景がこの時すでに展開されていた。ひいては、この時も札幌地裁は最高裁のハンドブックに従わず一般国民の傍聴を制限していたわけだ。
筆者は週が明けた9月22日、札幌地裁の担当課を訪ねて対応の改善を申し入れた。ハンドブックの文言を示して「以後はこれに則った運用を」と求めると、担当者は「申し入れとしては承った」としつつ、実際の運用については「飽くまで現場ごとの判断になるので、必ずこの通りの(ハンドブックに則った)対応になるとは言い切れない」とした。
結びに憲法82条の条文を採録し、その意味するところを改めて確認しておく。
《裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ》
(小笠原淳)
| 【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |















