昨年7月に札幌で発生した首相演説ヤジ排除事件で、排除の被害に遭った市民が北海道警察を訴えた国家賠償訴訟の口頭弁論が10月28日午前、札幌地方裁判所(廣瀬孝裁判長)で開かれた。
■学術会議問題に通底するヤジ排除
提訴以来5回目となる弁論で被告の道警は、排除の根拠とする警察官職務執行法運用の適正性を示すため、排除映像の一部から「原告の肩に手を触れた人物がいた」「驚いた様子で見ている幼児がいた」などと、現場でトラブルが起きる可能性があったことを強調した。
想定外の反論を受けた原告らは、道警の言い分に「かなり荒唐無稽な話」と苦笑しつつ、「おかしな主張にもきちんと反論していきたい」としている。
道警が新たに示したのは、首相演説の現場で複数のトラブルが起きつつあったという主張。演説にヤジを飛ばした人を排除する行為が警職法4条に基づく「避難」措置、もしくは同5条の「制止」措置にあたることを示すため、原告が提出した証拠映像や民放テレビニュースの映像を静止画として切り取り、先の措置の根拠とした。
道警の主張によれば当時、演説現場で「安倍やめろ」と叫んだ原告の大杉雅栄さん(32)は、声を出した直後に何者かに左肩を掴まれ、身体の危険に晒された。このため、複数の警察官が警職法4条に基づいて大杉さんをその場から避難させたのだという。
また「増税反対」などと叫んだ桃井希生さん(25)は、その言動で近くにいた女児を驚かせることになったため、この女児を守るため、警察官が警職法5条により桃井さんの行為を阻止したという。
たしかに実際の映像を見ると、誰かの手がほんの一瞬、大杉さんの肩に触れていたことがわかる。また桃井さんの排除映像には、たしかに排除の様子を遠くから見つめる女の子が写り込んでいる。いずれの映像からもトラブルを感じ取ることは難しいが、道警はとにかく原告の周囲が危険な事態になっていたと強調したいらい。つまり当時の警察措置は「排除」ではなく、飽くまで「トラブルの回避」だったという理屈だ。
弁論後の報告集会で、原告の大杉さんはこれを「学術会議の問題と似ている」と指摘した。
「どちらも異論の排除という点で似ているのはもちろんのこと、『まず排除して、それから法的根拠の辻褄を合わせる』という共通点がありますね。違法行為をしても後で辻褄合わせができてしまうわけで、これはすごく恐ろしい」
同じく原告の桃井さんは「今回のような言いわけが通用するなら、今後は誰も首相にものを言えなくなる」と、言論の自由侵害の常態化を危ぶむ。今回の「荒唐無稽」な主張に対し、原告側は12月までに道警への反論をまとめ、同下旬の次回弁論に臨むことになる。
■民族派団体 ― 「ヤジは自由だ」
一連の排除行為や事後の道警の姿勢に疑問を呈するのは、必ずしもリベラル派の人たちばかりではない。今回の弁論後、原告らが報告会を開いた会場前には地元右翼団体の街宣車が複数停まっていた。近くで抗議活動の予定があり、たまたまそこに待機していたという彼らに問いを向けると、大杉さんらのヤジ排除裁判を支持する声が返ってきた。
――裁判の報告会はご存じなかった?
「知らない。何の裁判?」――道警が訴えられている……。
「あー、あれか!」――関心は?
「あれはひどい。(ヤジは)自由でしょう」――警察がおかしい?
「警察が国民の権利を侵害した。われわれも(原告を)応援しますよ。街宣やってもいいよ」
いわゆるネトウヨが「ヤジは迷惑」などと匿名で批判する声(道警が証拠提出した「ヤフコメ」など)とは180度異なり、真っ当な保守派は問題の本質を正しく捉えているようだ。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 北方ジャーナル→こちらから |