札幌市は1月24日未明、本年度の同市内のホームレス概数調査を実施した。調査は厚生労働省の音頭で全国一斉に行なわれ、この日の調査結果が公式な記録として集計されることになる。市の委託で調査にあたった路上支援団体・北海道の労働と福祉を考える会(労福会、山内太郎代表)のメンバーに同行した筆者は、改めて厳寒期の過酷な路上生活に思いを馳せることになった。
■気温マイナス10℃以下の朝
午前2時。集合場所の札幌市役所地下会議室を訪ねると、すでに30人ほどの調査員が集まっていた。筆者同様、取材を兼ねて参加する報道関係者の姿もあり、記者3人とカメラマンら3人の顔ぶれが見える。労福会とともに週末の「夜回り」や不定期の「炊き出し・健康相談会」で路上支援を続けている北海道民主医療機関連合会(道民医連、小市健一会長)関係者も多く参加しているようだ。
天気予報はこの日、最高気温でも氷点下の予報。朝の最低気温はマイナス10℃を下回るとあって、誰もが厳重な厚着にカイロなどの準備を怠っていない。筆者も重ね着の上に蒲団メーカーのダウンコートを着込み、下半身は防寒肌着で包んだ。
概数調査はホームレス自立支援法施行直後の2003年から、厚生労働省の事業で全国一斉に実施。初回の調査が厳寒期の1月だったため、翌年以降も同時期に行なわれている。積雪寒冷地の札幌では実数が充分に捕捉できていない可能性があるが、厚労省には時期をずらす考えがなさそうだ。政令指定都市の札幌では07年に132人のホームレスを確認したのをピークに数字が減り続け、近年は30人台で推移している。
■調査の対象は「車中生活者」
その札幌では今回から、労福会の提案により「車中生活者」が調査の対象となった。同会ではこれまでの支援活動から、郊外の施設や大型小売店などの駐車場で日常的に車中泊を続けている人たちを確認できていたため、市に対象拡大を申し入れたという。北海道内の調査結果を取りまとめている道地域福祉課によれば、道内での車中調査は今回の札幌が初めて。車中生活者は、根拠法が定義するホームレスの居住地5分類(「都市公園」「河川」「道路」「駅舎」「その他施設」)のうち「その他施設」の起居者にあたることになるという。道外ではすでに複数の自治体が車中調査を始めているようだが、まとめ役の厚労省に確認の問いを向けても「法の定義に『車中』という分類がないので国としては把握していない」と、教科書的な答えしか返ってこない。
地元で初めての試みに関心を寄せていた筆者は、札幌市内10エリアに分かれた調査班のうち、おもに車中者を調べる郊外班への同行を希望した。リーダーを務める男性は経験豊富な民医連会員、もう1人の班員も民医連関係者だった。挨拶もそこそこに、道路地図を開いて調査ルートを相談、遵守事項を確認する。単独行動厳禁、調査は目視のみ、就寝中のホームレスを無理に起こさない――。車中調査にあたっては「車内の荷物の量」や「車上の積雪の状態」などに注目すべきという。
出発前には、労福会代表の山内太郎さん(札幌国際大准教授)からも説明があった。
「この調査でカウントした数字が、札幌市内の公式な数ということになります。車中生活の人がいる可能性のある所は先週、事前調査をしたので、各班に要領がわかっている人がいる筈です。6時には撤収したいので、それまでに戻るようにしてください」
2時45分。市役所庁舎を出た瞬間、外の冷気が全身に突き刺さる。雪が降っていなかったのは不幸中の幸いだった。庁舎横に駐まっていた予約済みのタクシーに乗り、リーダーが調査地点を告げると、初老のドライバーが不思議そうな表情を浮かべてアクセルを踏み込んだ――「あの本屋さん、二十四時間やってるんだ……」。
最初のチェックポイントを過ぎてから、リーダーの提案で予定になかった商業施設を見て回ることに。結果としてホームレスも車中生活者も確認できなかったが、書店に併設されているインターネットカフェにはいわゆる“ネットカフェ難民”が滞在している可能性がある。彼らは国の調査対象外だが、住まいを失っているのだとしたら支援が必要なのは言うまでもない。リーダーは、店内までチェックできないことを残念がっていた。
1人目の車中生活者を確認したのは、出発から1時間半が過ぎた午前4時ごろ。スタート地点の市庁舎から直線距離で5kmほど走った所に建つホームセンターの駐車場に、アイドリング中の車があった。窓はすべて内側からサンシェードで目隠しされているが、僅かな隙間から大量の荷物が見える。運転者の姿は見えないものの、人が乗っているのは確かだ。車種は、労福会の独自調査でよく確認されていたというワゴンタイプ。
「間違いないですね」と調査員の男性。続けて「しかしこの寒さは応えますね」。小走りでタクシーに戻って車載の温度計を見ると、外気温はマイナス15℃。「われわれはタクシー移動だからいいけど……」と、3人で顔を見合わせる。徒歩で都心部の路上などを回るチームは、明け方までこの冷気に晒され続けることになるわけだ。そこで生活するホームレスにとっては、それが毎晩続くわけだが。
■厳寒の中、複数の車上生活者
次のチェックポイントの都市公園は、事前情報では駐車場が閉鎖中の筈だった。しかし念のためタクシーを向けてみると、あにはからんや数台の車が駐まっている。すぐそばで、誰かが雪掻きをしている気配。車中生活の人かと思って声をかけると、町内に住むという男性だった。
「グラウンドあるから、持ち回りで雪掻きやってるのさ。車で暮らす人? いたいた、1人いた。いっつもコンビニで食べ物とか買って、車ん中で食べてるんだわ。12月に『除雪センター』できてからは、いなくなってしまったけど」
男性のいう園内の「センター」は、未明なのに明かりが煌々と灯っている。車中生活の当事者はこれを避けて拠点を変えた可能性が高そうだ。真冬の調査で意外な事情を知った瞬間だった。
話を聴いた男性は、87歳になるという。日の出前からパワフルな高齢者とは対照的に、調査チームは寝不足と寒さで口数が減り始めていた。ダウンコートのポケットに手を入れると、カイロ代わりに買ったお茶のペットボトルがすっかり冷えきっている。
2人めの当事者を発見したのは、4時半ごろ。先の公園からさらに8kmほど離れた道道(どうどう)沿いにある温泉施設の駐車場だった。「います。寝てます」
エンジンをかけっ放しの軽バンはところどころ車体が凹んでおり、後部座席に荷物の山。運転席では厚着の男性が就寝中だった。年齢は、40歳代から50歳代といったところだろうか。
さらにその30分後には、やはり郊外の小売店駐車場でアイドリング中の車を発見。窓ガラスは目隠しされているが、間違いなく人の気配がある。これで3人。
「終了ですね。戻りましょう」とリーダー。念のため添えておくと、調査班の確認した「3台」は絞りに絞り込んだ数字だ。「ほぼ確実だが疑わしい点は残る」というような車輌は除外せざるを得ず、それらの情報は今後の支援活動に引き継がれることになる。
■困窮者増加の現実
市庁舎に戻った時点で、午前5時半。タクシーの温度計はマイナス10℃まで上がっていた。普通に考えれば外気温は日の出の直前まで下がり続ける筈だが、やはり中心部と郊外とでは寒さが違うのだろう。氷点下2桁でも5度上がると暖かく感じてしまう。
会議室にはすでにほとんどのチームが集まっていた。顔見知りの新聞記者に声をかけると、市内を流れる豊平川の河川敷を回ったとのこと。疲れた表情で「手袋を両方とも失くした」と苦笑する。河岸の積雪に悪戦苦闘したといい、無人と思われた橋の下で労福会メンバーが雪の蔭にいる人を発見したことには心底驚いた様子だった。JR札幌駅周辺を歩いた調査員からは「ずっと立っている人がいた」との報告。調査員が声をかけると、相手は「横になる場所がないから」と答えたという。駅舎や地下通路が開錠するのは、午前5時過ぎ。それまで氷点下の駅前に立ち続ける苦痛を想像し、思わず首が縮む。
昨年の調査では、全市で30人のホームレスが確認されていた。調査対象に車中生活者を加えた今回は、それを少し上回る結果となりそうだ。速報値は2月までに道庁へ報告され、年度内には国に上げられて公式な数字となる。
札幌市によると、新型コロナウイルス感染症拡大後の生活保護相談件数は毎月1,000件前後で、前年に較べてほとんど増えていない。この日調査に参加した市職員の1人は「寒い時期に路上生活の人を見かけると『相談に来てくれればいいのに』と思うんですが――」と、困窮者を捕捉しきれないもどかしさを訴えていた。
当事者の中は「役所の手は借りたくない」と、頑として保護制度の利用を拒む人が一定数おり、労福会などの支援者が根気よく説得を重ねている現状がある。一方で、公的扶助の窓口を知らずにやむを得ず路上生活を続けている人がいるのも事実。昨年11月に労福会と民医連が主催した炊き出しでは、河川敷で寝泊まりしていた男性(28)が会場で制度の説明を受け、一時保護のシェルターに身を寄せることになった。
調査班は午前6時に解散。札幌の街にはようやく薄明かりが射し始めていた。ウイルス禍で困窮者の増加が予想される本年、住まいを失う人たちはどのぐらい増えることになるのか――。地下鉄駅へと歩を進めながら、氷点下の路上で見た光景が頭から離れなかった。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 北方ジャーナル→こちらから |