ヤジ排除「不起訴相当」の札幌検審 情報隠しの“言い訳”

一昨年7月に北海道・札幌で起きた「首相演説ヤジ排除事件」をめぐり、現場の警察官らの不起訴処分を「相当」と議決した札幌検察審査会が、同事件の審査に関わる公文書の存否を明かさなかった判断について、改めて「相当」と主張していることがわかった。筆者の審査請求(苦情申出)への反論として3月12日付で作成されたもので、これを受けた第三者機関「検察審査会情報公開・個人情報保護審査委員会」は近く、検審の不開示決定の妥当性について調査・審議に入ることになる。

■警察の暴走を追認した札幌検審

ヤジ排除事件は2019年7月に発生。参議院議員選挙の応援演説で札幌を訪れていた安倍晋三・前総理大臣に「やめろ」などと叫んで演説現場から“排除”された札幌市の大杉雅栄さん(33)は、排除にあたった警察官らの特別公務員暴行陵虐などを問い、同年12月に地元の札幌地方検察庁へ告訴状を提出した。これを受理した札幌地検はしかし、当時の排除行為すべてについて「罪とならず」と判断、告訴された警察官全員を不起訴処分とし、昨年2月に同処分を発表している。

大杉さんが北海道警察を訴えた国家賠償請求訴訟の代理人らは、この処分を「検察が警察と協議した上で違法行為を追認したことが疑われる」と強く批判、弁護団のサイトに掲載した抗議文で「恥を知れ」と痛罵した。当時の札幌地検は筆者の取材に「捜査の具体的な内容にかかわることは回答を差し控える」と対応を拒否。警察との“すり合わせ”を疑う声に対しては「調整などはしていない」と答えていた。

告訴人の大杉さんがこれを不服とし、不起訴処分の妥当性を審査する札幌検察審査会に審査を申し立てたのは、昨年4月のこと。申し立てを受けた札幌検審は約半年後の同年10月、検察の処分を是とする「不起訴相当」の議決に到り、大杉さんの衣服や身体を掴んで引きずり回した警察官の行為を「不当とは言えない」と言い切った。告訴人の大杉さんはこれに「警察の作文みたいでムカつく」と率直な不満を述べた上で、審査が公平に行なわれたかどうかを検証する手段がないことを指摘、検審の制度が「ブラックボックス」になっていると批判した。

■検審の情報公開は有名無実

大杉さんの疑問に共感した筆者は本年1月、札幌検審に対して情報開示請求を行ない、申立事件の審査に伴って作成・取得された公文書の開示を求めた。ところが検審は同2月、文書が存在するかどうか自体を明かさないとの決定に到り(存否応答拒否)、一切の情報開示を拒む姿勢を示していた。一般の行政機関では考えられない扱いで、およそ情報公開制度を設ける意味がない面妖な決定といえる。

検審の情報公開には、審査請求(苦情申出)の制度がある。筆者はこれを利用して同月、検審情報公開・個人情報保護審査委員会に審査を申し立て、札幌検審の不開示決定について不服を申し立てた。3月になって検審が同委へ寄せた「理由説明書」は、この審査請求に対する反論が綴られたものだ。同書で札幌検審は、審査の過程があきらかになると「無用の批判や詮索を招き」「自由闊達な審査活動が阻害される」などと主張。当初の不開示決定を正当化する理屈を弄している。

大杉雅栄さんはこの主張に「よくわからない説明」と呆れ、検審の閉鎖性をいっそう実感することになった。いかにも「批判」や「詮索」を一切許さず、外部からの監視・検証を一切認めない公的機関など、法治国家ではあり得ないと言ってよい。

審査請求は3月15日付で審査委へ諮問(第三者としての意見伺い)され、近く審議が始まることになる。結論が出る時期は不明だが、これまでの実績をみる限りでは、早ければ半年間ほどで答申に到る可能性がある。

■苦情申出書と検審の反論を全文公開

諮問を機に、筆者の苦情申出と札幌検審の反論、それぞれの全文を以下に採録し、読者諸氏の評価を請うこととしたい(いずれも原文ママ)。

【筆者の苦情申出】2021年2月17日付

本件申出にかかる決定(札幌検察審査会が令和3年2月1日付で通知した検察審査会行政文書不開示決定)は不当で、当該検察審査会行政文書は一部開示されるべきです。

札幌検察審査会は上の決定の理由を「文書の存否を答えることはできない」としていますが、文書の存否をあきらかにした上で、不開示情報を除いた箇所を部分的に開示することは、充分に可能です。

上の「理由」に謂う不開示情報は、「個人識別情報(行政機関情報公開法第5条第1号に相当)」及び「公にすることにより検察審査会議の適正な遂行に支障を及ぼすおそれのある情報(行政機関情報公開法第5条第6号に相当)」である由ですが、申出にかかる文書の存否を答えること自体がそれらの情報を開示することになるとは、常識的に考えて到底あり得ません。

あまつさえ前者(個人識別情報)については、添付資料にあるように、もとの審査事件((申立)第5~11号)の申立人自身が主要報道機関の取材に応じて自らの素姓をある程度明かしており、さらに同人及び同人の代理人が同事件の議決に強い疑問を呈し、また適切な情報の開示を求めているところです。守られるべき個人識別情報の当事者自身が顔貌を晒した上で議決にかかる情報の開示を求めており、また被申立人たる警察官の氏名などもすでに札幌地方裁判所によって公開され(札幌地裁 令和2年(つ)第1号事件の決定)、同人らの顔貌も主要報道機関により繰り返し発信されていることから、それらについても秘匿する意味がなく、当該文書は最大限可能な範囲で開示されなくてはなりません。これは平成30年12月25日付『検察審査会行政文書の開示に関する事務の基本的取扱いについて』の「第5 公益上の理由により開示を行う場合」にあたることを申し添えておきます。

また後者(検察審査会議の適正な遂行に支障を及ぼすおそれのある情報)については「支障」の定義が曖昧で、原決定の判断が恣意的に過ぎると指摘せざるを得ません。

検察審査会が作成・取得する情報は、すべて国民の財産です。もとより開示が大前提の公文書を一部でも不開示とするには、相応の合理的な理由を伴わなくてはならない筈です。充分な検討を経ず、徒らにすべてを不開示とすることは甚だ不適当と言わざるを得ないところ、文書の存否さえも明かさないなどという判断は決してあってはなりません。行政機関の公文書で一般的に「存否応答拒否」となる事案は、たとえば性犯罪の被害者を特定し得る捜査機関の簿冊など、極めて個人の機微に関わる記録に限定されます。刑事事件の被疑者や被害者などの個人識別情報を含む公文書の多くが問題なく開示されるのはもちろんのこと、司法府たる裁判所も日常的に多くの個人識別情報を含む対審を公開し、また第三者による裁判記録の閲覧・謄写を認めています。本件申出にかかる検察審査会行政文書がそれらの情報を上回って秘匿されるべき特殊な情報を含んでいるとは、およそ考えられません。またそのような情報が含まれていたとしても、一部開示はできる筈です。

以上の通り原決定には合理的な理由がないので、苦情を申し出る次第です。

附記…原決定の通知に際し、苦情の申出の教示がありませんでした(通知書のみが郵送されてきました)。これは行政不服審査法違反にあたるので(同法第82条)、この別紙をもって抗議します。

【札幌検審の反論】2021年3月12日付

1 開示申出人が開示を求める文書(以下「本件開示申出文書」という。)は、特定日において特定の議決があった特定事件番号の審査事件に関する、申立受理から議決までの間に作成又は取得された検察審査会行政文書すべてである。

事件番号で特定された審査事件が特定日に特定の議決の内容によって終局したという事実の有無に係る情報は、被疑者又は審査申立人に関する個人識別情報(行政機関情報公開法(以下「法」という。)第5条第1号)に相当する。また、同事件が特定の議決日に終局したという事実の有無に係る情報は、仮に同事実が存在する場合には、受理日等に関する情報を照合するなどして、特定の審査事件の審査期間を推測され、その長短により無用の批判や詮索を招き、審査会議における自由闊達な審査活動が阻害されるおそれがあるから、公にすることにより検察審査会議の適正な遂行に支障が生ずるおそれがある情報(法第5条第6号)に相当する。

したがって、本件開示申出文書の存否を答えると、法第5条第1号及び同第6号に規定する情報に相当する不開示情報を開示することとなる。

2 なお、苦情申出人は、個人識別情報について、報道機関による報道をもって秘匿する意味がない旨を主張しているが、報道については、報道機関の責任においてなされるものであって、そのことをもって、当該情報が法第5条第1号ただし書イに定める情報に相当するとはいえない。

また、議決の要旨の掲示(検察審査会法第40条)をもって、当該情報が法第5条第1号ただし書イに定める情報に相当するともいえない(令和2年度(検審情)答申第1号参照)。

おって、本件開示申出文書は、平成30年12月25日付け全検察審査会申合せ「検察審査会行政文書の開示に関する事務の基本的取扱いについて」記第4に定める公益上の理由による裁量的開示を行うべきものには当たらない。

3 よって、本件開示申出文書について、その存否を明らかにしないで不開示とした原判断は相当である。

 

(小笠原淳)

【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】
ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。
北方ジャーナル→こちらから

 

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