4月25日に投開票された3つの国政選挙で自民党は3連敗。コロナ対応でも成果がを出せない菅政権は、益々追い込まれることになった。
「こんなことになるとは、想像もしなかった。せめて広島だけはと思っていたが……」――自民党の幹部が、力なく語る。
3つの国政選挙のうち、衆院北海道2区は元農相・吉川貴盛被告が贈収賄事件で議員辞職したことで不戦敗。羽田雄一郎元国交相の急死で補欠選挙となった参院長野選挙区は、もともと「羽田ブランド」が圧倒的に強いところ。自民党は勝ち目なしとみられていたが、その通りの結果だった。唯一、残された参院広島選挙区に注目が集まったが……。
■河井事件の逆風に晒された自民
広島の参院補選は、公職選挙法違反で有罪判決が確定した河井案里氏の議員辞職を受けてのもの。自民党は、宏池会会長で総裁を目指す岸田文雄氏が、広島出身の経産官僚・西田英範氏を擁立し必勝態勢を敷いた。
西田氏が出馬表明をしたのは2月。まだ野党はまとまっておらず、候補者さえ決まっていなかった。当初は、元東京地検特捜部検事で広島出身の郷原信郎弁護士が有力視されたが、本人が辞退。3月中旬になってようやく、フリーのアナウンサーだった宮口治子氏の擁立が決まる。その頃の状況を、立憲民主党のある幹部はこう振り返る。
「保守王国の広島で宮口さんではとうてい勝てっこない。おまけに1か月以上も西田氏に出遅れです。勝てないな、という思いでした」
確かに、序盤の世論調査では西田氏が10ポイント以上の差をつけ、このまま押し切るかに見えた。しかし、菅政権のコロナ対応のまずさもあって、西田氏の支持が後退、宮口氏が盛り返す。選挙当日の出口調査でも宮口氏が10ポイント近く優勢で、最終的には3万票以上の差をつけ西田氏に勝利した。
勝敗に大きな影響を及ぼしたのが、河井夫妻による巨額買収事件だったことは言うまでもない。2019年の参院選で、河井夫妻が買収のためばらまいたとされるのは2,900万円。大半が、自民党の広島県連所属の県議、市議らに渡っていた。実力者である奥原信也県議には200万円、三原市長だった天満祥典氏には150万円と、桁違いの買収額だったことが分かっている。
カネをもらったある県議は、こうぼやく。
「内輪で寄ると『なんであいつがオレよりたくさんもらったんだ』など反省もなく、愚痴る連中がいますよ。おまけに、カネをもらった市議や県議には『選挙にかかわるな』と岸田さんからお達しでしょう。『じゃ、勝手にやれよ』となんもしませんでした。ポスター貼りとか動員とか少しは手伝ったけど、知った顔に声をかけても、『あんた、いくらもらったんじゃ。アホらしくて選挙なんて行けるか』と叱られる。本当に河井夫妻のばらまきの後遺症が、すごかった」
慌てたのが、岸田氏だ。河井克行被告の衆院広島3区は、中選挙区時代は岸田氏の地盤でもあったが、早々に公明党の副代表・斎藤鉄夫衆院議員が出馬表明。参院広島選挙区の再選挙で勝たないと、「岸田さんの総理総裁への道は閉ざされる」(自民党幹部)という見方が広がっていた。
選挙戦終盤、宮口氏が西田氏に追いつけ、追い越せで混戦になった時の岸田氏の演説。
「再選挙になったのは、とんでもないヤツがいたからだ」「誰が、候補にしたのか」「党は猛省すべきだ」
すると、西田氏は案里氏が歳費を返還しないのはおかしいと「歳費を返還できる仕組みを国会でやらせてほしい」と岸田氏に呼応するように声を張り上げた。まったく反省のない自民党側の態度を有権者が見限った結果が、宮口氏の勝利だったというわけだ。
■政権の命運握る1億5千万円の使途
永田町では、参院広島選挙区で敗れたことで「岸田氏は終わった」という声しきり。しかし、本当の爆弾がはじけるのは、これからだ。
現在、河井克行被告の裁判が東京地裁で進んでおり、検察は懲役4年を求刑している。懲役2年から3年の実刑判決が予想される中、すでに克行被告は買収の容疑を認めており、1審で判決が確定する事態もあり得る。判決確定となれば押収品が返還されることになる。
河井夫妻は、東京地検特捜部の捜査で資料が押収されたという理由で、参院選の選挙運動費用収支報告や関連政治団体の収支報告を行っていない。押収されていた帳簿などの資料が返ってくれば、収支報告書の提出が可能となるため、自民党本部から渡った1億5千万円の行方も明らかにされる。そうなると、克行被告の「買収に使ったの2,900万円は自己資金。1億5千万円は電話作戦や広島県内の全戸配布などに使った」や、案里氏の「タンス預金が買収資金」といった公判での主張の真偽が、改めて問われることになる。ちなみに捜査関係者は、買収原資についての河井夫妻の話は「その場しのぎ」とみている。
岸田氏は自民党批判を訴えながらも、毎日のように、党本部に陣取る二階俊博幹事長に電話をかけて支援を求めたという。ある二階派の議員は、次の展開を心配している。
「二階幹事長にとっては、参院広島選挙区の勝敗や、肌が合わない岸田氏のことなどどうでもよかった。頭の中は1億5千万円のことでいっぱいだ。実際は1億5千万円以上のカネが動いている。『なぜ克行被告は否認から態度を一変させたのか』とかなり焦っていた」
河井夫妻の裁判が終われば、1億5千万円の使途で責任を問われるのは幹事長である二階氏と菅首相、そして安倍晋三前首相の3人だ。コロナ禍で「失政」が続く政権に、1億5千万円がとどめをさすことになるかもしれない。
(山本吉文)