「我々はクマを撃つために狩猟免許を取ったわけじゃない。駆除に協力して銃を取り上げられるなら、ハンターはもう誰も撃たなくなるだろう」――自治体の要請でヒグマを駆除したにもかかわらず、鳥獣保護法違反などで猟銃所持許可を取り消されたハンターが地元公安委員会を訴えた裁判で2日、関係者らの証人尋問が行なわれ、原告の男性が改めて処分の不当性を訴えた。
■銃なく丸腰で熊と対峙
北海道公安委を相手どり銃所持許可取り消し処分の撤回を求める裁判を起こしたのは、砂川市の池上治男さん(72)。北海道猟友会の砂川支部長を務める池上さんは2018年8月、市の要請を受けてヒグマを駆除し、翌19年にライフル銃の所持許可を取り消された。銃は今も没収されたままで、その後もヒグマの目撃情報が届くたびに現場へ駈けつけているが、この2年あまりは丸腰の対応を余儀なくされている。(*下は、今年8月4日に砂川市職員が撮影した熊)
*道を塞ぐクマ。人間に対して怯む様子などは全くない。(音量にご注意ください)
■猟銃所持許可取り消しの理不尽
道公安委が池上さんから銃を取り上げたのは「建物のある方へ発砲したため」という。だが駆除の現場には高さ約8mの崖があり、民家などの「建物」が建つのはその崖の上。駆除目的で発射された弾丸が万が一クマの体を貫通したとしても、背後の崖が「バックストップ」の役割を果たすため「建物」に到達する危険はない。実際、当時の駆除は何の問題もなく成功し、付近住民からは安堵の声が漏れている。
これを突然、事件とみなして捜査にあたった北海道警・砂川警察署(現在は滝川署と統合)は、駆除現場の地形を無視して8mの崖の存在を黙殺、現場を真上から見た平面図などを使い、弾丸が「建物」に当たる危険があったというストーリーを創り出した。同署は池上さんの所有する猟銃をすべて没収、さらに鳥獣保護法違反や銃刀法違反などで「事件」を書類送検した。だが当初から立件に無理があったことはあきらかで、地元検察は早々に不起訴処分を決定、狩猟免許を扱う道庁も当時の駆除行為を問題視せず、また池上さんを「鳥獣被害対策員」に任じていた砂川市も委嘱の継続を決めた。
ところが、警察に没収された銃はいつまで経っても返還されず、挙げ句に道公安委は所持許可を取り消してしまった。これを不服とする池上さんは行政不服審査を申し立てたが、道公安委は請求を棄却(第三者ではなく一方当事者の審査による決定)、これを受けて処分取り消し訴訟が提起されたのは、20年5月のことだった。
提訴3カ月後の初弁論を経て、これまで非公開の弁論準備手続きが続いていた訴訟は、10月2日の証人尋問でヤマ場を迎えた。原告側証人として札幌地方裁判所(廣瀬孝裁判長)の法廷に立った砂川市職員は、改めて駆除の適正性を証言している。
「池上さんは『子グマなので撃たなくていい』と仰言っていましたが、地域に3日連続で同じクマが出没しているので、私としては住民の不安を払拭したく、できれば駆除して欲しいとお願いしました」
■揺れた臨場警察官の証言
現場には警察官も臨場していたが、同職員によると警察官はとくに駆除の方針に異を唱えなかったという。それどころか同警官は付近の「人払い」にあたっており、発砲を事実上容認していたことになるのだ。
同日の尋問では、その警察官自身も証言台に立った。主尋問では「子グマが人を襲う気配はなかった」などと駆除の必要性を否定した警官だったが、反対尋問では結果的に駆除を肯定するような言葉が口をつき、はからずも池上さんの主張を補完するような証言を残すことになる。
――駆除が終了して、あなたは。
「適切に終了したと思いました」――喜んだ、「よかったね」と。
「当時は違法性を認識していなくて…」――その後も問題とは思っていなかったと。
「当時は」――違法とは思わなかった。
「はい」
同警官は被告側証人としては正直すぎるのか、先に述べた崖の存在が引き合いに出された際には次のようなやり取りがあった。
――池上さんの立件を方向づけたのは誰ですか。
「私はわかりません」――現場の高低差が無視された事情は。
「捜査に携わっていないので、わかりません」――発砲で建物に実害は。
「ちょっとわかりません」――当時、何か池上さんを批難する事情があったんですか。
「とくにありません」――あなたから見て、池上さんがこれまで何か法に違反したことは。
「……なかったと思います」
尋問後の記者会見で原告の池上さんは「警察は現場を知らなすぎる」と指摘、自身の事件がきっかけで多くのハンターが引き金を引けなくなっている現状の深刻さを訴えた。
「有害獣の駆除では道・市・警察の『三者協議』が設けられていますが、ここにハンターを加えて『四者協議』にして欲しいと、何度も訴えてきました。その矢先にこんなことが起きるとは思わなかった。警察が発砲の判断をせず、ボランティアで命を張っているハンターにすべての責任を押しつけているのが問題で、このまま誰も撃たなくなって人が襲われたら、誰が責任をとるんですか」
北海道では本年に入ってからヒグマの目撃情報が急増、6月下旬には札幌の市街地にクマが出没し、市民4人が襲われて怪我を負っている。人里での目撃や人との接触は今後も続くおそれがあり、池上さんは「全道の猟友会が訴訟のなりゆきを見守っている」と、裁判の結果が今後の有害獣駆除に大きく影響する可能性を訴えている。昨年10月には札幌地裁の裁判官らが異例の現地調査に赴き、砂川市の駆除現場を歩いて崖の存在などを確認した。原告代理人として調査に立ち会った札幌の中村憲昭弁護士は2日の弁論後「現場検証の意味は大きかった。よい結果に繋がることを期待している」と話している。
訴訟は同日の尋問で結審、12月17日に一審判決が言い渡されることになる。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |