第三者調査委員会の結果が報告されてから3週間ほどになる北海道立江差高等看護学院のパワーハラスメント問題で、北海道知事が「10月中には学生や保護者に説明する」と述べているのに対し、道の担当課が「10月中」の事実説明について未だ充分に周知していないことがわかった。一部の保護者や元学生などには10月下旬になっても連絡が届いていないといい、当事者らは道の姿勢に不信感をあらわにしている。
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パワハラ調査にあたった第三者委が一定の調査結果を報告したのは、既報の通り10月12日夕のこと。1週間を経た同19日に道へ調査報告書が提出され、担当の医務薬務課が救済策などの検討を始めたことになっている。さかのぼって13日には鈴木直道知事の定例記者会見で同問題について質問が挙がり、知事は次のように答えていた( https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/tkk/hodo/pressconference/r3/81407.html )。
「被害に遭われた学生の皆さまはもとより、保護者の皆さま、そして地域の皆さまに心からお詫び申し上げたいと思います」
「今もう10月でございますけれども、10月中には、学生の皆さま、そして保護者の皆さまに対して、お伝えすることが大事だと思っています」
知事が表明した「謝罪」と「説明」の方針について、道医務薬務課は取材に対し「なるべく早くと考えており、学生や保護者の皆さんと調整した上で説明の場を設けたい」と回答、日程については同20日の時点で「調整中」としていた。
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これに業を煮やしたのが、おもに休学中の学生の保護者有志で構成する「父母の会」関係者。知事の言う「10月中」のスケジュールを考慮するなら、12日に第三者委が調査結果を報告した直後から日程調整に入るべきだったところ、正式な報告書が提出されるまで父母の会には日程の打診がなかったという。会では独自に関係者間で予定を調整しなくてはならなくなり、10月最終週の説明会開催を道に打診した。メンバーの1人は、呆れ声で経緯を明かす。
「道は『父母の会』への説明の様子をリモートで江差の在学生と共有したいと言ってきたんです。普段は『個人情報』を理由に公文書ですら『のり弁』にしてくるのに、子供たちの情報がたくさん出てくるに決まってるやり取りを、別の子供に見せるつもりだったんですよ。もちろん断りましたが、役所の無神経さには呆れました。今の3年生は副学院長着任直後に入学したので、パワハラ自体を否定する子もいるんです。ただでさえ温度差がある子供たちが『父母の会』と道のやり取りを見たら、在学生と休学・退学生の溝が深まるに決まってるのに…」
別のメンバーは、知事が口にした「お詫び」の考えが考慮されていないことを指摘する。
「担当課の話を聴く限り、単なる説明の場をつくるだけのようなんです。謝罪については『検討中なので答えられない』と。質疑応答もない可能性があるんですよ」
道はつまり、文字通り「説明のみ」の場を設け、おもに「父母の会」を対象としたその説明をリモートで在学生にも公開し、最小限の手間で説明責任を果たそうとしていた可能性があるのだ。
さらに――。江差高等看護学院の入学定員は40人。毎年の定員割れで、実際に入学する学生や現在の1学年あたり在学生はさらに少ない。全員の保護者と連絡をとって「説明」や「謝罪」にあたることは物理的に充分可能なはずだが、実際には「父母の会」に関わっていない保護者には一切連絡が届いていなかった。パワハラ被害に遭いつつ休学を選ばなかった在学生の1人(19)が打ち明ける。
「うちの親はまったく連絡をもらってません。『父母の会』関係者だけでなく、保護者全体への説明会を開いて欲しいと言ってるんですが……」
同学生は第三者委の聴き取り調査を受けており、道はその事実を知っている。本人や保護者の連絡先は、当然把握しているはずだ。だが、知事の発言から10日ほどが過ぎた10月下旬時点で、まさに「まったく」連絡が届いていないのだ。
そして、パワハラが原因で退学せざるを得なかった元学生。彼らはいわば最大の被害者で、誰よりも「説明」と「謝罪」を受ける権利があると言ってよい。ところがやはり、道からの打診は現時点でまったく届いていないという。看護師の道を諦めて一般企業に就職し、奨学金の返済を続けている1人(20)が証言する。
「第三者委のニュースは友人からのLINEで知りましたが、公式には何も伝えられてません」
元学生の抱える負債は、成人まもない若者にとっては決して小さくない金額。パワハラで人生を狂わされた上、本来ならば看護師になるために借りた奨学金を返し続けなくてはならなくなったわけだ。第三者委の調査は、こうした被害の救済を目的としたものではなかったのか。
先の「父母の会」メンバーの1人は疑心をあらわにする。
「知事が発言した以上、道としてなんらかの行動を起こしたという『既成事実』をつくりたいのでしょう」
月末に予定されている説明会では、第三者委の報告書が一定程度開示されることになるが、これも事実上「のり弁」になってしまう可能性が小さくないようだ。「父母の会」メンバーが不満を抱くのはもっともだ。
「個々の被害内容について、道は『現時点で公表を考えていない』と言うんです。それでは、自分の子供がパワハラ認定を受けたかどうかがわからないじゃないですか。そう訊くと『答えようがありません』って……」
鈴木知事が口にした「説明」「お詫び」とは、いったい何を意味していたのか――。
本稿の脱稿直前、道が第三者調査の結果を各学生に書面で通知する方針があきらかになり、併せて10月29日夜に函館市内のホテルで質疑応答を伴う説明会を開催する予定が「父母の会」関係者に伝わるとともに、地元報道にも事前周知されたことがわかった。
(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |