オミクロン株感染拡大が突き付けた「日米地位協定」と「安保条約」の問題点

懸念されていた新型コロナのオミクロン株が、急速に広まった。とりわけ注目されるのが、沖縄、山口、広島における感染者数。その推移を見る限り、最初にウイルスをばら撒いたのが「米軍基地」であることは明らかだ。

「水際対策はどうなった」と言いたいところだが、こうなることは必然。米軍関係者は、軍人だけでなく、その家族や軍属まで「日米地位協定」によって検疫を免除されているからだ。

新型コロナが、沖縄だけの問題だと思われてきた「日米地位協定」や「日米安全保障条約」と、向き合うきっかけとなっている。

■「日米地位協定」とは

沖縄には31もの米軍関連移設があり、県土面積の約1割(沖縄本島に限れば約2割)は基地という状況だ。2万以上とされる米軍兵士や軍属、さらにはその家族などを含めると5万人前後の関係者がいるという。

その米軍関係者は、感染源になると分かっていながら、日本に入国する際の「検疫」を受けることはない。根拠となっているのが「日米地位協定」である。

ほとんどの大人なら、必ず見聞きしたことがあるはずの「日米地位協定」。新聞やテレビのニュースで頻繁に登場する用語だが、協定の内容や締結の経緯を詳しく知っている日本人はごく少数。学校で詳しく教わる機会は皆無に近い。報道機関の記者でさえ、条文の構成や問題点をスラスラと答えることはできないだろう。歴代の政権も、地位協定に触れることを意図的に避けてきた。

日米地位協定の正式名称は、『日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定』。<日本国及びアメリカ合衆国は、1960年1月19日にワシントンで署名された日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条の規定に従い、次に掲げる条項によりこの協定を締結した。>という前文で始まり、28の条文で構成されている。

前文にある通り、日米地位協定は在日米軍が自由に施設や区域を使うことを認めた日米安全保障条約の第6条を受けて制定された「条約」で、米軍施設等の提供や管理権に関する事項だけでなく、裁判権や経費負担、さらには課税が免除されることまで定めている。実は、「不平等」が指摘される条文ばかりだ。例えば――

・合衆国は、相互協力及び安全保障条約第六条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許される。(第2条)→日本国内での自由な基地使用を容認。

・合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる。(第3条)→事実上の治外法権容認。

・合衆国は、この協定の終了の際又はその前に日本国に施設及び区域を返還するに当たって、当該施設及び区域をそれらが合衆国軍隊に提供された時の状態に回復し、又はその回復の代りに日本国に補償する義務を負わない。(第4条)→米側の原状回復義務なし。

・合衆国軍隊の構成員は、旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外される。合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、外国人の登録及び管理に関する日本国の法令の適用から除外される。(第9条)→詳細は後述。

・日本国は、合衆国が合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に対して発給した運転許可証若しくは運転免許証又は軍の運転許可証を、運転者試験又は手数料を課さないで、有効なものとして承認する。(第10条)→道交法上も米軍だけを特別扱い。

協定締結以後、度々問題になってきたのが刑事裁判権について定めた17条の次の条文である。

3 裁判権を行使する権利が競合する場合には、次の規定が適用される。

(a) 合衆国の軍当局は、次の罪については、合衆国軍隊の構成員又は軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有する
(ⅰ)     (略)
(ⅱ) 公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪

(略)

5 (c)日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員又は軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行なうものとする。

 

日本人が被害者となる米軍がらみの事件が起きたとする。もちろん裁判権は日本側にあるが、被疑者が公務中だった場合、日本側が起訴するまで身柄は米側が拘束するというもの。引き渡し要請にも応じないということだ。調子に乗った米兵は、これまで何度も凶悪な事件を起こし、日本で裁かれることなく本国に逃がされてきた。

1995年、沖縄県の女子児童が米兵に強姦される「沖縄米兵少女暴行事件」が発生。沖縄県警は少女を暴行した米兵たちの身柄を拘束しようとしたが、米軍は地位協定第17条を根拠にして容疑者たちの引き渡しを拒否した。この事件が「日米地位協定」の見直しを求めるきっかけとなり、日本側の容疑者引き渡し要求に対しアメリカ側が「好意的考慮」を払うよう取り決められたが、実効性は上がっていない。

2002年に、やはり沖縄で起きた婦女暴行未遂事件では、起訴前の身柄引き渡し要請を米側が拒否。犯人が起訴されるまでの身柄引き渡しの判断は、依然として米側の裁量に委ねられているのが現状だ。これが対等の関係と言えるのか――?

そして今回の新型コロナ・オミクロンの問題。沖縄だけでなく本土でも、「地位協定」の問題点が浮き彫りとなった。不当な内容だと批判の対象となっているのが、同協定の9条である。

合衆国軍隊の構成員は、旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外される合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、外国人の登録及び管理に関する日本国の法令の適用から除外される。ただし、日本国の領域における永久的な居所又は住所を要求する権利を取得するものとみなされない。

「旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外される」とは、パスポートやビザ(査証)なしで入国できるということ。軍事作戦のために基地から基地へ(あるいは戦場へ)と移動する兵士たちに、パスポートやビザは無用。日本の検疫はスルーされる。さすがに軍人の家族や軍属にはパスポートやビザが要求されるが、「外国人の登録及び管理に関する日本国の法令の適用から除外される」として、「管理」に関する法令に従う必要はないと規定している。

「検疫」は、この「管理」に含まれるというのが政府や米国側の見解となっているため、民間人である軍人の家族も検疫免除。基地由来のオミクロン株が急拡大したのは、米兵やその家族を特別扱いした「地位協定」のせいだったということになる。水際対策に穴があることを、政府関係者が知らなかったはずがない。感染拡大を受けて各地の首長が地位協定の見直しを訴えているが、アメリカの属国に甘んじてきた日本の政府は及び腰だ。

■「日米安保条約第6条」

地位協定は「日米安保条約」の規定に従って制定されたものだ。安保条約の正式名称は『日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約』で、協定の根拠は第6条の次の条文である。

日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される
前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、1952年2月28日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。

日米間では、1951年に「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(旧安保)が締結され、翌年にこれを受けて同条約3条の規定(「アメリカ合衆国の軍隊の日本国内及びその附近における配備を規律する条件は、両政府間の行政協定で決定する」)に従い「日米行政協定」(下の5条)が締結された。

第1条 平和条約及びこの条約の効力発生と同時に、アメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍を日本国内及びその附近に配備する権利を、日本国は、許与し、アメリカ合衆国は、これを受諾する。この軍隊は、極東における国際の平和と安全の維持に寄与し、並びに、一又は二以上の外部の国による教唆又は干渉によって引き起された日本国における大規模の内乱及び騒じょう{前3文字強調}を鎮圧するため日本国政府の明示の要請に応じて与えられる援助を含めて、外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することができる。

第2条 第一条に掲げる権利が行使される間は、日本国は、アメリカ合衆国の事前の同意なくして、基地、基地における若しくは基地に関する権利、権力若しくは権能、駐兵若しくは演習の権利又は陸軍、空軍若しくは海軍の通過の権利を第三国に許与しない。

第3条 アメリカ合衆国の軍隊の日本国内及びその附近における配備を規律する条件は、両政府間の行政協定で決定する。

第4条 この条約は、国際連合又はその他による日本区域における国際の平和と安全の維持のため充分な定をする国際連合の措置又はこれに代る個別的若しくは集団的の安全保障措置が効力を生じたと日本国及びアメリカ合衆国の政府が認めた時はいつでも効力を失うものとする。

第5条 この条約は、日本国及びアメリカ合衆国によって批准されなければならない。この条約は、批准書が両国によってワシントンで交換された時に効力を生ずる。

1960年、新たに「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」(新安保)が締結され、「日米行政協定」は『日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定』(日米地位協定)となり正式な条約へと昇格する。基になっているのが前述の安保条約6条である。ちなみに、安保条約はわずか10条しかないが(下、参照)、多くの日本人はそのことさえ知らない。

■政治に求められる不平等条約の見直し

戦後、地位協定や日米安保条約に泣かされてきたのは沖縄だ。国内にある米軍基地の7割が集中する同県では、米軍関係者が起こす事件・事故が頻発。その度に、犯人の引き渡しや裁判を巡って県民が不利益を被るという事態が続いてきた。米軍基地内は事実上の治外法権であり、日本の法律の効力が及ばないというのが現実だ。戦後の日本は、アメリカの「属国」と言っても過言ではあるまい。

建て前とはいえ、“日本を守るため”という名目で国内の地域や施設を自由に使うことが許されている米軍が、ろくな検査もせず新型コロナを持ち込み、ウイルスをばら撒いたというのだから呆れるしかない。さらに、米兵の家族まで検疫を免除されているとなれば、基地周辺の自治体住民が怒るのは当然。「地位協定を見直せ」という声が、沖縄だけでなく山口や広島からも上がる。しかし、自公政権はそうした動きを一顧だにしない。

安倍晋三氏や菅義偉氏は、日米安保の重要性を盾に、沖縄県民の意思を無視して辺野古移設を強行してきた。だが、コロナ対応を見る限り、米軍が本気で日本国民を守るとは思えない。「自主憲法制定」だの「戦後レジームからの脱却」だのと騒ぐ前に、不平等な条約を見直すのが先だろう。独立国家の政治家の、それが責務だ。

(中願寺純隆)

この記事をSNSでシェアする

関連記事

注目したい記事

  1. 鹿児島県警の捜査資料が大量に流出した(既報)。原因を作ったのは、“ある事件”のもみ消しを図ったとみら…
  2. 「居眠りをする。一般質問しない。説明責任を果たさない。これこそ議会軽視の最たる例です。恥を知れ!恥を…
  3. 労働組合による調査で社員の6割以上が会社に不信感を抱いていることがわかった北海道新聞で(既報)、同労…
  4. 「大嵐が吹き荒れるぞ。自民党が割れるんじゃないのか」と緊張した面持ちで話すのは、自民党の閣僚経験者。…
  5. 25日、自民党の幹事長として歴代最長となる5年超を務めた実力者、二階俊博氏が記者会見を開き、次回の解…




LINEの友達追加で、簡単に情報提供を行なっていただけるようになります。

ページ上部へ戻る